FC2ブログ
“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

最新トラックバック

カレンダー

04 | 2013/05 | 06
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

月別アーカイブ

FC2カウンター

全記事表示リンク

花ひらくバラ園

自宅の近くにある鶴舞公園のバラ園が見ごろを迎えています。
昨日、走って職場に行く途中、このバラ園に立ち寄って撮った写真を掲載します。

BL130515ばら園1RIMG0868  BL130515ばら園2RIMG0873  BL130515ばら園3RIMG0883

四季折々の花が次々に咲くことで知られる鶴舞公園は、私の自宅からわずかに5分ほどという近さですが、通勤路とは反対側にあることから、毎週のように出掛けるというわけにもいきません。
そんななかでふと「バラ園は満開じゃないだろうか」と思って、いつもより15分ほど早く家を出て公園に行ってみると、五月晴れの青空の下、バラ園はまさに満開でした。

しかし、立派な花になるほど花と花の間隔が広くなるバラの園は、写真にするのが難しい被写体です。
バラの花がたくさん咲いているのが分かるように「引いて」広い絵を撮ろうとすれば花の表情は見えなくなりますし、それでは目立つ花に「寄って」花の色や形を強調しようとすれば今度は広がりが分からなくなります。

素直に「バラの花を楽しもう」とせず、「バラ園の写真を、ちょっと撮ってみよう」と少しばかりの欲を持って公園に出かけ、しかも時間があまりなかったものですから、ついつい小手先の「絵づくり」を考えてしまい、しばらくは1枚もシャッターを切ることができませんでした。
そのうち、できるだけ心を「空(から)」の状態にして、心にかかるもの、目にとまるものを撮ろうとして何枚か収めてみた風景が掲載した写真です。

まずは支柱にもたれかかって、バラのタワーのように伸びた木に、びっしりと固まって咲いていた深紅というかワインレッドというか、深い赤のバラ(左)。
その色からでしょうか、花びらはビロードのような重厚な質感がありました。

次に青空に向かって伸びていた白くて大きなバラの花(中央)。
ガクに近く、しおれかけた花びらの縁が赤くなって、紅をさしたように見えるのが印象的でした。

3枚目は、ほころびかけたつぼみの花びらの若々しい色や質感が美しく見えたピンクのバラ(右)。
背後にはあえて花壇ではなく、見物に来ている人たちをボカしてあしらって、情景を表現してみました。

BL130515ばら園4RIMG0889  BL130515ばら園5RIMG0895  BL130515ばら園6RIMG0901

都会の真ん中にあるバラの名所が見ごろとあって、公園には平日の朝にかかわらず来園する人が少なくありませんでした。
そのなかには、高齢者の施設から来られたとみられる車いすの人たちも(右)。

そして、写生といいますか、お絵描きに訪れていた子どもたちも(左)。
子どもたちは小さな小さなバインダーを画板代わりにして、色を使わず鉛筆で絵を描いているようでした。
写真を撮るにも頭を悩ませてしまうバラを白黒で描こうというのは、さらに難しい作業のように思え、子どもたちは案の定、花壇の周りを行ったり来たりしながら、なかなか腰を落ち着けてお絵描きをできないでいる様子でした。

さらに花壇のあちこちでは、作業をしているシルバーの人たちを見かけました(中央)。
「なんだか緊張しちゃうんだよな」
ボソリと、そうこぼされながら、顔を向けてもニコリとしてもくれなかった男性にたずねると、しおれかけた花が落ちる前に摘むのがこの作業。そうすることで、咲いている花やこれから咲く花に栄養が行き渡るようになるのだそうです。

見てくれが悪くなったらお役御免だとすると、顔にシワができ、薄めになった頭に白髪も増えてきた私などは、バラならばそろそろ摘み取られる運命にありそうです。
人間も他の生きものたちと同じく、年齢を重ねれば次の世代のために力を注いだり道を譲ったりすることが必要になってくるものなのでしょう。それでもなお、自分しかできないことや自分ならではこそできることを追い求めて、そのことが次の世代に贈る肥やしとなるというのが、より人間らしい身の散らせ方なんじゃないだろうか-と、まだまだ生きることに欲張りでいたい私は思うのですが。

スポンサーサイト