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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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ジムコ10万Km達成!!

このほど「年齢」が私の半分に当たる「26歳」を迎えた愛車のジムコ(スズキ・ジムニー)が本日早朝、総走行距離10万キロを達成しました!!

会社の初任地だった群馬県子持村(現在の渋川市)の「池田モータース」で購入したジムコは、当初は年間2万キロほどを走り、その後も仙台、札幌と地方暮らしをしていた間は相当な走行距離を記録していたものの、私が東京や名古屋で暮らすようになってからは、たまの遠出や買い物で活躍してきたとはいえ、走行距離の伸びは頭打ちとなっていました。それでも少しずつ距離を積んで、ようやく本日、岐阜・高山市(飛騨高山)の郊外を走行中、大きな節目であり、愛車を文字通り愛し続けてきた証しともいえる10万キロに到達しました。

そうそう、本日は仕事でしたので、昨日の飛騨高山ウルトラマラソンの後は、夜のうちに名古屋に戻る予定をしていたのですが、歩くのもままならないほど脚も身体全体も疲れきっていたことから、夜間のドライブは危険だと判断して現地でもう1泊し、朝一に戻ってきたのです。

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購入して当初、ピカピカだったジムコは、それまで2サイクルエンジンの「先代」のジムニーに乗っていた私にとって、ターボ付きの4サイクルエンジンが実に静かで、快適で俊足な乗り物でもありました。

しかし、石がごろごろした河原でも雪道でもビクともせず、林道の奥の奥まで戦車のように入っていく悪路での脅威の走破性能は昔も今も変わりありませんが、軽自動車の排気量がアップして、静粛で快速な車ばかりになった今や、ジムコで高速道路を走ると息も絶え絶えという感じで、その騒音は比類のないものです。
そして年季の入った車体は、どの駐車場に入れても間違いなくダントツのポンコツに見えます(右)。

車内の計器パネルもアナログでクラシック。スピードメーターは針がふれるもので、距離表示や給油するごとにゼロに戻せるトリップメーターも1ケタごとの数字が回転する仕組みです(左、中央)。
この距離表示で、100メートルの単位まで含めて9の文字が6つ並んだ「9万9999.9キロ」のあと、何が起きるのかについては、うすうす予想していましたが、実際にそのときがくると目は表示にくぎ付けとなりました。高山市街地のホテルから自動車専用道路に入る手前で、その瞬間が訪れたことを幸いに、私は9の文字が勢ぞろいしたときと、約100メートル進んで次の表示が明らかになったときに、それぞれ停車して写真を撮影しました。

アイコンをクリックして写真を拡大していただけば分かりますが、10万の値が増えるはずもなく、その「1」を除いたゼロの数字が6つ並んだのです!!!!!!
これを知らない人に見せたところで、ジムコが新車だと勘違いする人など、どこにもいないはずですが、数字だけでも「振り出し」に戻ると、なんだか気持ちもリセットされるようで幸せな気分になるものです。
そう、人生だってまた、気持ちさえその気になれば、いつでもリセットすることぐらいできるはずなのです。

※※※

実は近々、生活がまさにドラスティックに一大転換する予定の私は、それにともなってジムコを乗り続けることができるかどうか、ちょっと微妙な情勢にあります。
しかし、万一それがかなわなくなったとしても、10万キロを達成したことによって少しは言い訳もたつような気がしています。

そもそも、昔から不思議に思っているのは、車というものが、ほんの数年で次々に買い替えなければならないように思われている世の中の慣例といいますか、仕組みのようなものです。
たしかに、より性能が良くなる車に目移りする気持ちが全く分からないわけではありませんが、デジタルカメラのように性能が良くなることによって生み出される写真の質が変わるような違いは車にはありません。
たかだか加速が良くなるぐらいのもので、レースに出るわけでもないのに加速性能や最高速度が上がったとしても、それほど得するわけでないように思うわけです。

そういえば燃費が良くなったり、ハイブリッドなどで環境にやさしくなったりというエコ性能の向上は説得力があるようにも思いますが、それとて、まだ十分に動いて使える車を次々にスクラップにしてエコカーを量産することが本当にエコなのかどうかは、はなはだ疑問だと言わざるを得ません。
そして、そうやって次々にモノをダメにして新しいモノを作り続けることこそが経済の原動力だというのも、分かるような気もしますが、どこかにマヤカシが混じっているような気もします。

まあ、そんな訳の分からないようなゴタクを並べていては、私もジムコのように時代から遠く置き去りにされた骨董品になっていきそうにも思います。
しかし、世の中、何でも一律にすることが精神にとっても物質にとっても本当の豊かさに逆行することだと思いますので、心に引っかかることは大事にして、こだわるべきことにはこだわるようでありたいようです、私は。

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