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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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大阪城公園ジョグ1

一昨日、関西に来ていた私は、写真集を委託販売のため置いてくれるランナー向けシャワー&ロッカー施設「ジョグリス大阪」に立ち寄るとともに、施設を利用して炎天下、大阪城公園でジョギングをしました。
その際に撮った写真を2回に分けて掲載します。

そもそも生まれ故郷が大阪である私ですが、長らく住んでいた東京で、元は江戸城だった皇居の外周歩道を数えきれないほど走り、この3年近く住んでいる名古屋では名古屋城の界隈をやはり幾度となく走っているものの、大阪のランナーのメッカである大阪城公園を走ったのは数年前に出張で来た際と昨年の大阪マラソンの際だけでした。

一昨日は真夏並みの暑さだったこともあって、同じコースを何周も走るような真面目な走り方はせず、写真を撮ったり売店でソフトクリームを買って食べたりしながらジョギングをしただけでしたが、変化に富んだ大阪城公園のコースを一通り体験できました。

そして感じたのは、皇居、名古屋城、大阪城と江戸時代の名城を舞台にした3大都市のランニングコースとしては、大阪城は私好みであって、私の尺度からすれば、ぴか一に偏差値が高いということです。
その理由の第一は、天守閣の建つ城の核心部まで自由に走れるからです。

皇居も庭園の一部に入ることができるにはできますが、広大な森を散策できるのは皇室や宮内庁の方だけで、東京都心の大自然は、狭い外周歩道を押し合いへし合いして走るランナーには開放されていません。
名古屋城の方は、鉄筋コンクリートで復元された天守閣を含む城の内部一帯は有料区域で、やはりランナーは一般市民と同様に事実上締め出されている格好です。

それに比べて大阪城公園は天守閣のすぐそばまで走って近付くことができ、2重になったお堀の内外を、アップダウンも楽しみながら縦横無尽に走ることができます。
アスファルトやコンクリートで固められた皇居や名古屋城の外周とは対照的に、地面が土のままの歩道も多く、足にやさしいトレイルラン的な走り方を楽しむことさえできるのです。

3大都市を行き来していると、東京はダントツにお金が回っている感じで、高層ビルの数も圧倒的なら街角の整備も行きわたっていますし、名古屋は広々とした道路をはじめとする街の「土台」といいますかポテンシャルの高さは東京、大阪をしのいでいることが分かります。
しかし大阪には、この「天下一」の大阪城公園や底なしに見えるほどディープな繁華街など、おそらく独自の歴史や文化に裏打ちされた「厚み」や「豊かさ」、それに「おおらかさ」が、やはりあるように思えます。

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前置きが長くなりすぎましたが、写真の説明も、ごく簡単にしておきます。
まずは見たことがあるようで、あまりじっくりと見たことがない銀杏(ギンナン)の若い実(左)。
大阪といえば銀杏(イチョウ)並木の御堂筋が大阪城と並ぶ伝統的な名所で、大阪マラソンでもハイライトとなっていますが、スタート地点である大阪城公園もまた、イチョウの木がたくさん植わっています。
そして、こずえが高い御堂筋と違って、すぐ目の前に枝葉が見える大阪城公園では、遠くからなら「保護色」になって目立たないはずのギンナンの黄緑色をした若い実も目に入るというわけです。

上にも書きましたが、大阪城公園では、土の上を走れる小道や舗装路の脇の部分、植え込みの間なども多く、ジョギングのコースに変化と彩りをつけることができます。
元々が山歩きばかりしている「山ヤ」だった私は、トレランが流行するよりもずっと前から山に走りに行くのが好きでしたし、東京都心を走る際もタイムトライアルをするとき以外は皇居の外周はあまり走らず、その周囲の公園や緑道を縫って、土の上を多く走れる「都心クロカンコース」を描き、定番コースにしていたほどです(かつては「トレラン=トレイルランニング」といった言葉はなく、自然の中を走るのは欧米流に「クロカン=クロスカントリー走」と呼ばれ、自然の中を中心に気ままなスピードで走る「ファルトレック」という言葉も専門的には使われて、私も好きな言葉でした)。
故障を防いだり、走るための「土台」をじっくりつくったりする練習をするのには、舗装路面より土の方が格段に良いことを実感してきていますので、そういう意味からも大阪城公園は二重丸です。

そんな大阪城公園ですが、思い出してみると、中学時代までボーイスカウトの活動に参加していた私が、その行事などでこの公園に来たときは、木々の丈も低く、その間は地面がむき出しになって明るい印象だったのに比べ、それから40年ほど経った今は当然のことながら、木々はうっそうと茂り、人が足を踏み入れない部分には草がむして山深い森のような様相を見せています。草ではありませんが、地面にびっしりとツタの枝葉が広がった区域は、写真だけ見れば原生林のようです(右)。

そして、土の地面に加えて土台づくりの練習向けなのが坂道。天守閣のそばまで走っていける大阪城公園では皇居以上にバリエーション豊かな坂道トレーニングのコースを描くことができます(中央)。

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実際に炎天下、私と同じように城の門をくぐって、天守閣へと向かう坂道を走るランナーもいました(左)。

天守閣の奥に入り、お堀からせり上がったガケの上に来てみると、お堀越しに見えるのは絶景(中央)。
高層ビルが林立するのは、東京で言えば新宿の副都心に当たる京橋と大阪城の間にある一帯です。
このあたりはかつては確かビルも何もなく、今や地下にもぐったJRの学研都市線は国鉄の片町線と呼ばれ、そのターミナルの片町駅がありました。沿線の住宅開発が進み、ベッドタウンと大阪の中心部を結ぶメーンの通勤路線となっている学研都市線は、片町線だった当時は電化される前のディーゼル列車が、うなり声のような音と黒い煙を出しながら走り、その先にあるのは、ただただ緑濃い田園地帯でした。

中学・高校時代に大阪・寝屋川市に住んでいた私はこのほど、ランニング好きの少年時代に走り回っていた学研都市線・星田駅近くに開発された大型ショッピングモールを訪ねる機会がありました。そのあたりは当時、入り組んだ地形の丘陵を竹やぶと田畑が覆って、まさにファルトレックにうってつけの田園地帯でした。
クロスカントリー走の本場・イギリスの作家、アラン・シリトーの名作「長距離ランナーの孤独」で主人公が自分の足音を聞きながら走る森をほうふつとさせるような景色のなか、私も小説の中にいるような気分で林を縫う柔らかい地面の道を走ったものです。

しかし、今あるのは東京でも名古屋でもなかなかないほどの巨大なショッピングモール。
自分1人だけが田園地帯の小道を走っていた風景はどこにもなく、モールのフードコートには数百人以上の家族連れが押しかけてきていました。
時代が変われば世の中も自分も変わっていくことなど百も承知ですが、昔あった風景が跡形もなくなって、全く別の風景が広がっているのを目の当たりにすると「かつての風景はどこに行ってしまったのか」「あれは本当に現実だったのか」などと思ってしまいます。そう思うと、時間のなかを泳いで、なんとか沈まないよう、おぼれないよう生きている自分や、同じ時代の同じ時間を過ごしているすべての人たちが、たまらないほどにいとおしく感じるものです。

不審なモノがないかどうかチェックする意味も込めて、しょっちゅう清掃が行われているように見える皇居のお堀とは違って、大阪城のお堀は、公園と同じく自然のままといった様子(右)。
水のなかの藻もまた、茂るに任せてある感じでした。

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