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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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ソウル家でカウントダウン

3年前から名古屋に住んで仕事をしてきた私ですが、来月からは大阪で勤務することが決まり、名古屋で過ごすことができるのは本日を含めて10日間だけとなりました。
大阪への転勤にはプライベートな事情もかかわっているなどして、このブログではこれまで転勤について書くことはしていませんでしたが、こうして書いてみると既にカウントダウンが始まっていたというわけです。

本日は写真展を開かせてもらうなどで、お世話になった韓国観光公社名古屋支社のスタッフの方々に韓国料理の店で送別会を開いていただき、楽しいと同時に名残惜しい気持ちをつのらせながら、本場さながらの美味しい料理とお酒をいただきました。

その会場となったのは、名古屋で行き着けていた韓国家庭料理の店「ソウル家錦店」の出店である「ソウル家東新町店」。
錦店と同じく、名古屋に駐在する韓国の政府関係機関や会社の出先に働く方々の多くが御用達としている、まさに名古屋のソウルで、本日は暑気払いの意味も兼ね栄養たっぷりの鶏のスープ「参鶏湯(サムゲタン)」を、トロリと甘い韓国の焼酎とともにいただきました。

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韓国の政府機関である観光公社のスタッフは、本国から派遣される韓国人も地元採用の日本人も入れ替わりが激しく、私がお世話になった方の何人もが既に帰国されるなどしていますが、そんななか本日は、韓国・済州島でのトレラン大会の計画を担当された朴成雄(パク・ソンウン)課長のほか、美人ぞろいの日本人スタッフのうち姉御格の和代さんと新人の茜さんが集まってくれました(中央)。

まずはビールで乾杯して(右)、豆腐(トゥブ)キムチ(左)などをいただきました。

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そしてメーンの参鶏湯は、石鍋(トルソッ)の中でグツグツと煮立ったまま運ばれました(右)。

骨まで食べられるほど柔らかく煮込まれた鶏肉の中には、もち米やナツメ(テッチュ)などがぎっしり(中央)。

かつて3年も韓国で暮らしてられた韓国料理通の和代さんも、つい携帯で写真を撮られていました(左)。

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そして、ビールを2杯、3杯といただいたあとに注文されたのは、韓国の焼酎。
韓国の焼酎といえば、真露(ジンロ)の「チャミスル」が一般的ですが、本日いただいたのは「チョウンデイ」。
「良き日」の意味(チャミスルは「まさに露」といったところ)のこの焼酎は釜山などで良く飲まれていて、度数は少し低めだとのこと。

とはいえ、市販されるマッコリのほとんどと同じく、韓国焼酎のほぼすべても甘味料入りの甘ったるい酒で、私はすすんで飲むことはあまりありません。
しかしながら、本日はこのトロリと濃厚なチョウンデイに「飲まれたい」ような気分でもあって、勧められるままに杯を重ねてみると、やはり濃厚な味の韓国料理に意外とマッチすることを再認識しました。
そして、本日で既に3連チャンとなる送別会ではあったものの、料理もお酒もたっぷりといただきました。

※※※

韓国観光公社の名古屋支社は、私が名古屋に赴任して間もなくのころ、私が中心となってランナー同士の日韓交流をしているコチャンのある全羅北道(チョルラプクト)の東京事務所長が支社でのPR会に呼んでくださったのを機に、いろいろとお世話になってきました。

当時の次長でいらした金容載(キム・ヨンジェ)さんはランニング仲間でもあり、慶州さくらマラソンの取材を勧めてくださいました。
前課長の白(ペク)ヘジンさんは公社の展示スペースで、慶州などの写真を公開する私の写真展「走った!撮った!韓流マラソン」を企画してくれました。
そして前支社長の金世満(キム・セマン)さんと朴課長は、済州島でのトレラン大会「ハルラ登山競争」の企画を私を巻き込んで進めようとしてくださいました。

登山競争の企画は、このブログでも紹介した通り、現地への視察まで行って本格始動する一歩手前まで進んだものの、金支社長が交代されたことや地元側が本腰を入れるのに躊躇されたことなどから残念ながら頓挫したままになってしまいました。
この企画に「遊び」として協力していた私としては、「仕事」として心血を注いでられた朴さんに対して、なんだか申し訳ない気持ちがいっぱいでした。そんなこともあってこのところ、公社に顔を出したり朴さんと連絡を取り合ったりすることを控えることになっていましたが、そんなわだかまりを残していることが、名古屋で過ごす日が少なくなるにしたがって心に大きく引っかかっていたところでした。

しかし、その朴さんから先日連絡をいただいて「一晩いただけませんか」と送別会の話を持ちかけられ、本日こうして再び楽しく杯を交わすことができて、心の中の大きなシコリを一つ溶かすことができました。
振り返ってみると、「遊び」と「仕事」という立場の違いはあっても、2人ともに企画を実現させ成功させようという意気込みはたっぷりとありましたし、済州島の夜や、朴さんが東京のトレラン大会を視察に行かれた帰りの新幹線の中などで、熱い気持ちを語り合った記憶はさめるものではありません。

企画が頓挫したことを悔しく思う気持ちは、私よりも朴さんの方が何百倍も大きいはずですし、それが仕事のマイナス点になってしまったことも確かでしょうが、悔しく思う気持ちの根っこは同じはずです。
それに何より、こんなふうに国境を越えた友だちの関係を名古屋で持つことができたのは、それ自体が私にとっては大きな収穫です。

今なお感じている申し訳ない気持ちは、ハルラ登山競争の「夢」を抱き続けること、そして朴さんとの友情も、ここで終わらせることなく育てていくことによってでしか、ぬぐい去ることはできないように感じています。

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