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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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花に包まれ祈念石碑

3年前の7月、奥多摩の雲取山ろくでトレラン中に事故に遭って亡くなった駆けっこ仲間Mさんをしのび、山の事故がなくなるようにと願うための祈念石碑が現地に設置されました。この石碑は今月27日に除幕式が開かれて山に入る人たちの目に触れるようになりますが、私はこの日の式に出席するのが難しいため、上京していた一昨日に現地を訪れて、一足先に完成したばかりの石碑を見せていただきました。

「山はいいよ」という、Mさんの声が今にも聞こえてきそうな言葉で始まる祈念石碑は、表面の縦横が約40センチ×30センチ、高さ約40センチのシンプルなもの。
磨かれた表面にはさらに「でも ちょっとした気の緩みで 重大な事故につながる 必ず安全に下山して家に帰ろう 笑顔で「ただいま」と云うために」と記されています。
また遭難事故の3カ月前にMさんが参加して112キロを完走されたウルトラマラソン「チャレンジ富士五湖」の完走メダルが埋め込まれています。

この石碑は、私と同じく東京夢舞いマラソンのボランティアに加わってられたMさんが所属していたランニングサークル「IBJ=インターナショナル・ビューティフル・ジョガーズ」のメンバーら彼女の友人有志が寄付を募って企画したもので、地元関係者との交渉の末、Mさんが遭難した日のトレランの出発地点となった鴨沢ルートの「小袖乗越駐車場」の道向かいに設置することができたということです。

この駐車場は東京方面から車で雲取山に向かう人の多くが利用していて、そうした人たちが入山前に石碑を見ると、少しでも気を引き締めてくれるものと思います。そうすれば、Mさんも仲間たちも本望なのではないでしょうか。

雲取山の山ろくは、東京や大阪では散ってしまった桜がちょうど満開で、ほかの木々の花も足元に咲く花も目を楽しませてくれて、まさに春らんまんでした。とくに石碑のすぐそばにある1本の桜の美しさは見事で、その姿はMさんをしのばせるようでもありますが、また春が訪れるたびに、この桜がMさんをなぐさめてくれるような気もします。

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この日、Mさんをしのび登山の安全を願う祈念石碑は序幕式前で、保護のためにブルーシートで覆われていましたが、Mさんや仲間のみなさんが許してくれるものと信じて、少しの間だけ見せてもらうことにしました。

石碑にはMさんの本名も刻まれていますが、このブログでは以前からイニシャルで表記させてもらっていましたので、シートの上に供えられていた花を、その部分の上に置きました。その後、この花はシートのくぼみに入れた水に差して立てさせていただきました。

チャレンジ富士五湖のメダルを撮った写真の背景には、Mさんが参加したトレランの下山予定先に近い遭難現場の方面の山があって、富士山はさらにその先にありますが、このあたりからは見えません。

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私は当初、祈念石碑を訪ねたあとにMさんたちのトレランルートを途中までたどって、東京の最高峰・雲取山かその手前にある七ツ石山あたりまで走って行こうと思っていました。しかし前日に足に軽いケガをしたことから予定を変更して、一行が登山道から外れてしまった地点も訪ねることにしました。

その途中、奥多摩湖の上流を見下ろす斜面には、淡い色や濃い色の桜、それに桃の花などが咲き乱れていて、桃源郷という言葉を思わせる景色が連続しました。

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バス停があるふもとの鴨沢からの登山道や、帰り道に通った所畑への車道沿いには、紫のムスカリの花や柳の仲間の花などが咲き、広葉樹の芽吹きは春の日差しを浴びて輝いていました。

※※※

さて、悲しい遭難事故から間もなく3年が過ぎようとしています。
こうして生命の息吹がはじけるような春が来るたびに、山が大好きだったMさんの分まで春を楽しもうと思います。しかし、残されたご家族のつらさは時がたてば深まるはずだと思う一方で、私のような一介の駆けっこ仲間にとっては、事故の記憶は悲しいかな、少しずつ薄れていくのをいなめません。

また私はこの間、名古屋から大阪に移り住んで新しい生活を始め、息子にも恵まれました。
Mさんと一緒にトレランに出かけて、ご家族とはまた別の意味でつらい記憶をぬぐうことができない仲間たちも、それぞれが前に向いて歩き続け、やはり新しい生活を始めたメンバーもいらっしゃいます。

そんなふうに私も世の中の人たちも、亡くなった人たちのことを置き去りにしていくしかありません。
しかし一方で、事故が残した教訓のようなものは時がたっても色あせることなどはなく、私たちが心に留め置き、それぞれの行動によって生かすとともに、語り継いでいくことも大切です。
そう考えると、こうしてMさんが「山はいいよ」と語りかけてくれるような、すばらしい祈念石碑が建立されたことは実に大きな意味を持つことなのだと思います。

私は高校時代にワンゲル部で山に登っていたころ、南アルプスか近畿の山かで遭難事故の慰霊碑に強い印象を受けたことがあります。
「振り返らずに 歩いて行ける そんな勇気を与えてほしい」
その碑の言葉は今でも記憶に残っていて、「振り返らずに歩こう」というのは私の座右の銘の1つにもなっています。

今回建立された祈念石碑もまた、「笑顔で「ただいま」と云おう」という大事な心構えを、山が好きな多くの人たちの心に残してくれるものと思います。

※※※

Mさんの遭難事故のあと、私は彼女の身に何が起こったのかを知りたいと強く思って、自分でできる範囲の取材・調査をさせてもらいました。そのときそれなりに努力を重ねることができたのは、亡くなったMさんに尻をたたかれていたからじゃないかと、今になって思うほどでした。

しかし、私が知りえたことや感じたことをブログに書き連ねることはしたものの、それを新聞や雑誌の記事にしたり本にしたりするという、私が仕事がら本来やるべき次の1歩に踏み出すことはできませんでした。
それはMさんの仲間たちの多くの方々ばかりか、トレランや山歩きの好きな人たちの多くがブログを訪問してくれて、ある程度の納得をしてくれたことが大きな理由の1つでした。また、Mさんに同行した仲間たちが責められるように感じてしまうことに心が痛んだこともありました。

とは言いながら、「自分は、やるべきこと、できることを十分にやれたのだろうか」という疑問は、心の底に沈んだままだったように思います。
今回もまた、祈念石碑の建立に当たって、地元のメディアが取材してくれる予定だということを聞き、「自分自身も取材をしたうえ、公に向かって字にするべきじゃないだろうか」という思いが胸をよぎらないわけではありません。

でも、ピカピカに磨かれた石碑からMさんの声が聞こえてきそうな「山はいいよ」の言葉に出あい、なくなったすべての命のパワーも取りこんではじけるような桜の美しさにうたれてみると、「これでいいかな」とも思えてきます。
そう、忘れてはいけないもの心に刻みつけたものは、ずっと大事にしながら、振り返らずに歩くこともまた、生きているものとしては、やめるわけにはいかないのです。

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