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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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北生駒から山越え2

昨日の泊まり勤務明けに奈良・生駒市から大阪・枚方市まで、山を越えて走った際の写真を引き続き掲載します。
北生駒駅からの道路から外れた先の、くろんど池からハイキングコースに入り、枚方の手前、交野(かたの)市の山間部を通った際に撮った6枚です。

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くろんど池を過ぎると、生駒山系を縦断するハイキングコースに沿った森林公園のうち「くろんど園地」と呼ばれる地域を通りましたが、その手前で通る林道わきの水路は、いつも流れの底に鮮やかな赤茶色の泥がたまっていて、目を奪われます(中央)。

休日にはハイキングやバーベキューを楽しむ家族連れなどを多く見かける、くろんど園地ですが、昨日はほとんどすれ違う人もなく、北の外れには歩道わきに手押し車が並べられていました(左)。

その先で、ハイキングコースがしばらく舗装道路と重なる峠越えの道では、道路わきの畑に大きく育ったサトイモの葉が生い茂っていました(右)。
交野市の農産物直売所では、冬場になると新鮮なサトイモが毎週次々に並べられるのが楽しみで、その収穫の季節も遠くないようです。

BL140924北生駒~山田池2-4DSCF5773  BL140924北生駒~山田池2-5DSCF5783  BL140924北生駒~山田池2-6DSCF5784

峠道の道路をし少し下ると、棚田の先に交野の町を眺められるようになります(左)。
古代から大阪と奈良を結ぶ主要ルートの1つで、「かいがけの道」と呼ばれた古道は、この道路と平行していて、このあたりの棚田の風景は、歴史が積み重なっていることを感じさせるたたずまいです。

生駒市北部の田園地帯では盛りを過ぎてしまっていたヒガンバナですが、標高300メートル近いこのあたりでは、まだ花の盛りで、棚田や段々畑の景色とマッチしていました(中央)。

道路を離れて、なだらかな山に挟まれた小さな谷状の地域に入っていくと、ここでも棚田が谷に沿ってはいあがっていくように広がっています(右)。

「傍示(ほうじ)」と呼ばれるこのあたりの地区は、こうした棚田で栽培する米の産地で、私は、麓で栽培された「レンゲ栽培米」とともに、傍示産の米をいつもいただいています。ここの米を販売している産直所のスタッフによりますと、冷涼な気候で、美味しい水を使って栽培される傍示の米は、麓でとれる普通の米よりも品質が高いということ。確かに値段は少し高めですが、このあたりの景色のように澄んだ感じの味がするような気がしています。

北生駒から山越え1

泊り勤務明けの本日は、夜中の仕事が忙しかったため、ほとんど眠ることができないまま朝を迎えましたが、当初予定していた通り、生駒山系の山を越えて久々にやや長めの距離を走りました。

職場のそばにある近鉄の大阪難波駅から電車に乗って向かったランニングのスタート地点は、奈良・生駒市にある近鉄けいはんな線の北生駒駅。ここから、大阪・奈良の府県境近くにある大きなため池・くろんど池まで田園地帯の道路を走り、その後、生駒山系を縦断するハイキングコースをたどって、大阪平野を見下ろす交野山、国見山に登り、自宅のある大阪・寝屋川市の隣町、枚方市まで15キロ余りを走りました。その際、国見山までに撮った写真6枚ずつ計18枚を本日分の記事から3回に分けて掲載します。

BL140924北生駒~山田池1-1DSCF5745  BL140924北生駒~山田池1-2DSCF5751  BL140924北生駒~山田池1-3DSCF5750

北生駒駅から国見山までに撮った写真のうち本日掲載するのは、くろんど池までの6枚です。

まずは駅を出て間もなく撮った田んぼ(左)。
久々に田園地帯を走ってみると、季節は実りの秋を迎えて、田んぼの稲も色づいてきているのが分かります。私の自宅に近い農産物の直売所では、10月10日ごろから新米の販売が始まるとされていますので、稲穂が色づき、こうべがたれているのは当然です。ただ、この写真では手前に雑草、バックには竹林が写っていて、稲穂の様子はちょっと分かりにくくなっています。
竹林をあえて多めに取り込んだのは、このあたりの生駒市・高山地区には竹林が多く、古くから茶の湯の道具である茶せんの特産地として知られているからです。

本日のランでは、秋分の日を少し過ぎたものの田んぼのわきなどにヒガンバナが多く見られるのではないかと期待していましたが、残念ながらその多くは花の盛りを過ぎて、白っぽくしおれてきていました(中央)。

その代わりに所々で見られた秋の花はコスモス。まとめて植えられている所はなかったものの、やはりあちこちに咲いたピンクの花が風に揺れていました(右)。

BL140924北生駒~山田池1-4DSCF5756  BL140924北生駒~山田池1-5DSCF5758  BL140924北生駒~山田池1-6DSCF5760

道路わきの田んぼは、そのほとんどが黄色っぽくなって、こうべをたれ、収穫を待っていましたが、既に刈り取りを終えた田んぼや、刈り取って脱穀の済んだ稲の穂が、稲架(はさ)がけにされている風景も見栄えました(左)。

高山地区を北上すると道路は左に右に大きくカーブを描いて急な上り坂となり、登りきったところに、くろんど池があります。このところロードバイクに乗っての通勤で、スピードを上げてこぐなど強度の高い練習をはさんでいた効果があってか、たんに涼しくなったためなのか、上り坂も気持ちよく走っていくことができました。
その坂道を登りきる手前では、両側に竹林が広がり、竹のトンネルをくぐるようになっています(中央)。

くろんど池は休日になると、ボートを浮かべる人たちの姿が多く見られますが、本日は平日とあって、ボートは岸の近くに引き上げられていました(右)。

朝日照る成田山

夕方から泊り勤務に入った本日の朝、自宅近くにある成田山不動尊に散歩に出かけたときの写真3枚を掲載します。
出勤しなくても良い朝に早起きしたときといえば、以前ならジョギングにでも出かけたところですが、本日は自分自身ではなく、1歳の誕生日を過ぎて日々、歩く練習をしている息子の運動のために散歩に出ました。

朝日に照らされた成田山の駐車場で、長く伸びた影は、その私たちのものです。
斜めに射すオレンジがかった朝日に照らされたものは何でも、きれいな陰影がついていました。そんなもののうち、もう1枚の写真で撮ったのは、境内のクスノキの根元。絡まった大蛇のような根元は強いコントラストがついて、今にも動きだしそうでした。
空に浮かぶ雲も、やはり朝日に照らされて立体的に見え、その手前にある祈祷所の屋根に付いた金色の金具も輝いていました。

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比叡山で修行体験9

今月13日からの2泊3日、比叡山延暦寺の研修道場「居士林」を拠点に参加した修行体験のレポートは、本日分の記事がおそらく本当に最終回になる見込みです。

掲載する写真は、居士林や座禅を体験した西塔地域の本堂「釈迦堂」の建物などを撮った雑観の9枚です。
記事としては、お預けになったままの座禅体験について書くつもりですが、またまたしばしお預けにして、まず写真だけをアップしておくことにします。

BL140913~15比叡山研修・番外7DSCF5453  BL140913~15比叡山研修・番外8DSCF5415  BL140913~15比叡山研修・番外9DSCF5448

アップした写真はまず、修行体験の拠点となった居士林の外観と、玄関の靴だなに並べられた私たちのシューズ。
玄関先で底の土や砂を落としたシューズは下の段から、奥の方から、かかと部分をそろえて入れる決まりとなっていました。

中央の写真で写した細いヒモのような花は、進物に結ぶヒモに似ていることから、その名もミズヒキ。バックにボケて写っているピンクの花は舟を吊るしたように見えるツリフネソウで、いずれもこの時期の秋の花です。

BL140913~15比叡山研修・番外10DSCF5659  BL140913~15比叡山研修・番外11DSCF5566  BL140913~15比叡山研修・番外12DSCF5503

残る3枚の写真は、まず、先に紹介した「大乗戒壇院堂」のわきで撮った杉の大木の根元。
比叡山は植林地の多い山です。学生時代、京都を拠点に毎週のように山を歩いていた私は、より自然な森にあこがれていたことから、ドライブウエーも通る比叡山を、はなから山歩きの対象から除外していましたが、こうして山の中で過ごしてみると、ここの杉木立は人の手で植えられたものとはいえ何百年も守られてきたとあって立派な大木が多く、深山のような雰囲気をかもしてくれていました。

次は前の記事で紹介した「浄土院」の外壁に投影された瓦や木のこずえの影。
この写真では分かりにくいのですが、この外壁には横に5本の線が入っていて、この5本線の入った壁は、そこが天皇と関連のある建物であることを示すしるしなのだそうです。

そして最後の1枚が、すでに何枚かの写真で紹介している西塔地域の本堂「釈迦堂」。私たちが座禅の修行体験をする道場になったところです。

※※※

ようやく写真の説明が釈迦堂まできたところで、宿題になっていた座禅の体験について簡単に振り返ります。
2泊3日の修行体験の研修日程のうち、私たちは初日の夕方に1回と2日目の早朝に1回の計2回、この釈迦堂で座禅を体験しました。初日は10分ほどの練習、2日目はちょっと本格的な30分ほどの座禅の体験となりました。

先にも少し触れたとおり、私はお寺で座禅を組むのは今回が初めてでしたが、学生時代に一時期「禅」に興味を持って、自宅の部屋で独り座禅を組んでみたことが何度もありました。当時、好きだったアメリカの作家・サリンジャーが禅に傾倒していて、彼の難解な作品を読み解くカギの1つが禅にあるなどと聞いたのがきっかけだったと覚えています。

しかし実際には禅について解説する文庫本を買って読み、そこに書かれていた方法に従って、指導する人がないままに座禅を組んでみただけでした。
また、同じ時期から、やはり主に我流でヨガもかなりの間やっていて、最近でも体調がなかなかすぐれなかったり腰痛が出たりするなどして入念なストレッチが必要な場合、それに似ていながらより効果があると思っているヨガの基本的な体位を繰り返すことがあります。

いずれにせよ、過去にやった座禅もヨガも自己流でしたが、それでも足を組むことに慣れていたことなどから、ほかの仲間たちに比べると、今回の座禅の体験には入っていきやすかったものと思っています。

※※※

今回の研修の最終日に未明から山を歩いた回峰行の体験でも、スタート前には入念なストレッチが行われましたが、座禅の際にも、実際に足を組む前後にストレッチなどで体をほぐす運動が行われ、大昔から行われている座禅とはいえ、一般人向けに指導する際には現代的なアレンジがされているものだと感心しました。

足を組む際、本来は両足をそれぞれ反対側の太ももに乗せるのですが、私は、それがつらい場合に勧められた左足だけを右の太ももに乗せる方法で座禅に臨みました。仲間のなかには、それすらつらくて、あぐらの格好で勘弁してもらうメンバーもいましたが、片足だけでも組んだ方が、尻に座布団を敷いたとき両ヒザが下に着きて安定しやすく、背筋も伸びやすくなるため、あぐらはあぐらで姿勢を保つのが難しかったようです。

足を組んだあと、手も親指と他の4本の指を向い合せにして組んだうえ足に乗せて身体に近づけ、目は半開きにして1.5メートルほど先の床をぼんやりと見ます。そうして姿勢が定まり、座禅がスタートすると、その後は一切身動きをすることが許されません。スタートに合わせてお堂の扉は閉められ、広いお堂のなかは、ろうそくの灯りでぼんやりと照らされるだけ。唾を飲み込む音など一切の物音を立てることもNGですので、10人以上が座っていながら自分の周囲はシーンと静まり返り、空気は張りつめた感じになります。

そんななかで、心から一切の想念を取り払い、心を空にするのが座禅の作法ですが、以前に自己流でやったときにも思いましたが、心に浮かぶ思いを次々に取り払おうとしても、また別も思いが次々に浮かび上がってくるもので、眠りに落ちず覚醒したままで心を空にすることなど至難の業です。そこで、今回その第1歩として勧められたのは、自分の呼吸を無心に数えるという方法(「数息観」)でした。

しかし、それはそれで初めは難しさを感じます。といいますのも、初日は組んだ足が早々に痛くなり、呼吸を数えながらも「早く終わらないものか」という思いばかりが頭の中を占めてしまいます。そして、そればかりを考えているうち、いくつまで数えたのかがふとわからなくなり、5つほど戻って数えなおすことになります。また突然、自分の心臓の鼓動が耳に大きく響いてくることもあり、今度はそのことが気になって、呼吸の数を忘れそうになります。

私は高いところも苦手ですが、最も苦手なのは狭いところで、いわゆる閉所恐怖症です。MRIの検査でトンネル状の機器の中に頭を突っ込み、壁が目の前に迫るのが耐えられず、かつてダイビングの体験でかぶりものをしたときも怖くなって海に入るやいなやギブアップしました。以前住んでいたマンションで、エレベーターが故障して夜中、1人ゴンドラに閉じ込められた際には気がおかしくなりそうに心配したほどです。
座禅でも、本当は動けるところを身動き1つしてはならなくなると、ふと狭いところに閉じ込められたような気になって、取り乱しそうになることが心配になりました。

そんな具合で、初回の練習では、ちょうど100を数えたときに終了した座禅が、けっこう苦しいもののように思え、2回目で、その何倍かを座ることに耐えられるかどうか、ちょっと不安になりました。

※※※

しかしながら、夜明け前に起きて臨んだ2回目の座禅では、そうした不安は杞憂だったことが分かりました。
初日の練習の効果があったためか、今回は足を組んでもさほど痛みを感じなくなったことが、一番の理由ですが、その直前まで眠っていて、身体がじっとしていることに慣れていたからかもしれません。

とにかく今度は、お堂のなかのヒンヤリした空気を全身ですがすがしく感じる余裕もできて、静かな心で呼吸を数えることができました。不思議なことに、数えることに集中できると、足の痛みもスッと感じなくなっていることに気づきます。目の盲点を探すテストをするとき、紙の上の真っ黒な点が消えるときと似た感覚です。そして、これも邪念の1つなのでしょうが、背中が丸くなりそうになると、お坊さんたちに気づかれないよう真っ直ぐにただす余裕すらありました。
全員の前に順番に立ったお坊さんが、気持ちを引き締めるために肩を「警策」でたたいてくれるときも、筋肉がほぐされるようで快感を覚えるほどでした。

そんなふうに身体も頭の中も、なんだか清涼な感じで、むしろ気持ちよくさえ思えてきました。
「もう少し座っていても良さそうなくらいだ」とさえ思う気持ちは、楽しく調子よくマラソンを走っていてゴールに近づいたときに感じる気持ちのようでした。そう思ったころ、呼吸を178まで数えたところで2回目の座禅は終了しました。
1回目の3倍に当たる約30分間を座りましたが、むしろ短く感じたくらいで、呼吸数が2倍にも達していないことから、呼吸のスピードもゆったりとしたものになっていたようです。

※※※

何も考えず座ることに集中し、実際にはつらいはずの組んだ足の痛みも忘れるという体験は、無心に走ったり自転車をこいだりして、調子が乗ってきたときの感覚を思わせるものでした。
実を言えば、かつて自己流ながら座禅を少しばかりかじっていた私は、これまでも走ったりこいだりすることを一種の動きながらの禅だと思っていました。

独りで走っていると、家や職場で何かをしているときに比べて、いろんな思いや考えが頭のなかに浮かんでくるものです。それはときに、思いもよらなかったグッドアイデアであることもあり、おそらくそれは、身体を動かして脳の中の血の巡りも良くなるためなのだろうと思われます。また、走ることに集中して、座禅で目指す状態のように頭の中が空っぽになることもあるため、そこに想念が噴出してくるのかもしれません。

どちらにせよ、特に山の中を無心に走っているときなど、足のつらさなどまったく感じないばかりか、時間の経過さえも忘れてしまうことがあるものです。
実のところ、仏教で言われる「生老病死」といった人間の苦しみも、取り払うべきだとされる人間の煩悩といったものも、物ごとに対する無意味なこだわりも、すべては人には逆らうことができない時間の流れというものが原因なのではないかと思えます。

こうした思いは、今読んでいる般若心経の解説本などの内容の受け売り的な部分もありますが、要するに過去のことを悔やんだり、病に侵されたり老いたりして死を迎えることを怖がったりすることは、人間にとっては、とらえることができない時間というものを、実態のあるものだと思い込んでいるからなのではないのかということです。
うまく言えませんが、過去のことは既に消え去っているわけですし、将来のことは、なるようにしかならないわけで、そう腹をくくって、今を一所懸命に生きることが、やはり唯一、一番大事なことなのだと思うわけです。

そして、時間やそれによってもたらされる様々なこだわりなどを一時的にでも消して忘れるには、走ることや座禅をすることは、けっこう良い手段なのではないでしょうか。まあ私としては、沈思黙考(あるいは頭を空っぽにして座る)よりは身体を動かす方が性に合っているようですので、これからも座禅の代わりという意味も込めて走ったりペダルをこいだりしようと思いますが、時間があれば、たまには座禅やヨガも生活に取り入れることができればなお良いのでしょう。

比叡山で修行体験8

比叡山延暦寺で駆けっこ仲間らと参加した修行体験の研修は、昨日分の記事まででレポートをひとまず終えたつもりでしたが、手元に残っていた雑観の写真12枚を本日から2回に分けて掲載します。

書き殴りに近かったものの、久々に長文の記事を連日書いて、回峰行体験の終盤のようにちょっと息切れをしてしまったところですので、息抜きを兼ねての写真掲載といったところです。
本日分の写真のなかには、宿題として持ち帰りながらいまだに完成していない般若心経の写経や、延暦寺の山内巡回の際には割愛することになった伝教大師(最澄)の御廟所がある「浄土院」の様子などが含まれています。

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アップした写真の1枚目は、初日に延暦寺バスセンターから居士林に向かう途中、建物わきに積まれていた丸太。
そのわきには伐採した丸太が切断される途中で置かれていて、積まれていた短い丸太は、まきに使われるものとみられました。

その次のシソ科の花は、やはり居士林に向かう途中で道のわきに咲いていたオオマルバノテンニンソウ。通り過ぎても振り返るほどきれいだという意味を込めてミカエリソウとも呼ばれているそうですが、写真に撮った花は大味な感じで、シソに似た葉は虫に食われていました。

続く写真は既に紹介した、私が途中まで書いた般若心経の写経です。その後、般若心経の意味を知りたいと思って解説本を読み、短い教典に込められた奥深い意味に感心しているところですが、宿題として持ち帰った写経の紙に続きを書く作業は、まだ終えていません。

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続く写真はまず、2日目の山内巡回の帰りに撮った仲間たちの後ろ姿。
東京夢舞いマラソンのスタッフ用につくられたオレンジのTシャツと、斜めにさす日の光に輝くカエデの葉のコントラストが美しく見えました。

そして残る2枚が浄土院の様子です。
この浄土院は、伝教大師(最澄)が亡くなったあと、弟子の慈覚大師がその亡きがらを安置した場所。今でも、12年間も俗世から離れて比叡山にこもる「十二年籠山」の修行をしているお坊さんが、伝教大師が生きているかのように仕えながら寝泊まりしているということです。

籠山中のお坊さんは、浄土院を雑草の1本も生えないくらいに日々とことん掃除することになっていて、ここでの修行は「掃除地獄」とも呼ばれているそうです。私たちが世話になった現在の居士林の所長さんは、この「十二年籠山」を終えられたということでした。