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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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比叡山で修行体験2

比叡山延暦寺で駆けっこ仲間らと一緒に修行体験をした研修は本日までで無事に終了しましたが、ブログの記事としては引き続き1日遅れのままで、昨日の研修の合間に撮った写真9枚を掲載します。

夜明け前に起床して、座禅をするためお堂に向かう際に撮った写真や、般若心経の写経をした際の写真、それに研修道場「居士林」とは別棟の食事用の道場で撮った写真などです。
食事もまた厳しい作法にのっとった修行の1つですが、食事風景を撮らせてもらったのは、前後に唱えるお経や言葉などを略式にする夕食の際です。しかも本日の未明から始まった山道を歩く回峰行の体験に備えて、正座ではなく足を崩していただくことも特別に許可されたことから、本来の様子とは少し異なった様子になっています。

BL140914比叡山研修2日目1DSCF5439  BL140914比叡山研修2日目2DSCF5441  BL140914比叡山研修2日目3DSCF5576

掲載した写真のうち最初の2枚は早朝5時に起床して、座禅をするため、研修の拠点で宿舎にもなった居士林の道場から、この地域の本堂である「釈迦堂」に向かう際に撮ったもの(左、右)。
朝は早いものの、前日の夜も早くに休んでいますので、心も身体もスッキリした状態で座禅に向かうことができました。うっそうと繁る背の高い杉木立を見上げると、半月くらいになった月が輝いていました。

比叡山延暦寺の山内(境内)は、バスセンターに近い東塔、そこから北西に20分ほど歩いたところにある西塔、そしてさらに北に1時間余りの横川(よかわ)という3つの地域に分かれていて、東塔の本殿は延暦寺全体の本殿ともいえる「根本中堂」であるのに対し、居士林のある西塔の本殿が座禅の道場となった釈迦堂。
居士林の前で集合した私たちは、そこで合掌しながら親指と人差し指の間に挟んで見ることができる「経本」を開いて般若心経を唱え、合掌したまま2列縦隊で釈迦堂へと進み、再び般若心経を唱えてお堂の中に入っていきました。

座禅の様子は、余裕があれば後ほど書くことにして、3枚目の写真は私たちが寝たり休憩したりしていた広間です。
入浴の際に使うタオルは窓の外に張られたロープにつるして干し、ハンガーにつるした衣服は壁のかもいにかけてあります。部屋を退出する際には、ひとまとめにした荷物を、このハンガーの下に並べていきます。

食事も修行なら、入浴も修行で一切の私語が禁止であるうえ、部屋を出てから戻ってくるまで10分で済まさなければならず、部屋でくつろぐわずかな時間は貴重なものとなりました。

BL140914比叡山研修2日目4DSCF5460  BL140914比叡山研修2日目5DSCF5469  BL140914比叡山研修2日目6DSCF5572

般若心経の写経は道場2階の大広間で、やはりお経を唱えてから行われました。時間は午後のように覚えていましたが、写真のデータを見て思い出したところ午前9時半ごろから10時半ごろまでの間でした。早寝早起きをしたため、時間の感覚がズレてしまったようです。

写経といっても、達筆で書かれたお手本があって、その上に重ねた薄い半紙にうっすらと写る字をなぞるように書くだけです。とはいうものの、何10年かぶりに自ら硯で墨をすり、これまた正座をして筆をとるのは、なんだか小学生のころに戻ったようで新鮮な気分で、わくわくとさえしました。

しかし長年手にすることがなかったホンモノの筆を持っても、手先は思うように動くものではありません。配られた筆の毛先がバサバサでそろっていなかったことも気になるうえ、わずかに波打った半紙の下のお手本は見づらい部分もあります。そのため自分では驚くほど集中して臨んだものの、結局のところ時間切れのため般若心経の半分ぐらいまでしか写すことができず、宿題を自宅に持ち帰ることになりました。

周りを見渡してみると、ほとんどの仲間は最後まで写し終えていました。とはいえ、よくよく見ると、多くの仲間は手本の字はあくまでも参考にしかしていないようで、字がにじんだり狭い感覚の平行線が重なったりしてもおかまいなしにゴールを目指していたようです。余白の残った半紙は、細かいことを気にしすぎたり、こだわりを持ちすぎたりして、なかなか思うように前進できない自分の性格を写した鏡のように見えました。

もう1枚の写真は、寝泊りした部屋の斜め向かいにあった流しとお茶の飲み場の様子です。

BL140914比叡山研修2日目7DSCF5581  BL140914比叡山研修2日目8DSCF5447  BL140914比叡山研修2日目9DSCF5579

そして残る写真3枚は、道場の隣にある食堂の「齋食(さいじき)道場」で撮ったものです。
先にも書きましたように、食事もまた厳しい作法を学び、食材や料理を作ってくれた人や食べ物そのもの、そして仏さまに感謝をしながらいただく1つの修行で、楽しみであると同時に、少しばかり気が重くもなる時間となりました。

この道場に入る際に合掌して一礼し、そのまま合掌してお膳の前まで進みますが、大広間に入ると右手に安置された仏像に一礼、さらにお膳に向かって座る前に一礼。
お坊さんは1日2食であるため、正式な食事とされる朝と昼は、食事の前に般若心経や感謝の言葉などを唱えます。
また「餓鬼道」の生き物たちに恵みを与えるという意味を込めて、食事前には1人7粒ずつほどのご飯を小さな皿に入れて集めたうえ、窓の外に設けられた小鳥用の止まり場に置きます。「サバ」と呼ばれる儀式です。

食事で使う割りばしは最初、はし袋に自分の名前を書いて、研修中はずっと同じものを使いました。米や野菜ばかりの質素な精進料理と同じく、環境へのやさしさを追求することも、修行生活のなかでは徹底されているようです。
1人ずつのお膳には、ご飯を盛ったり、おかずを入れたりした塗り物のお椀が並んでいます。食べ物をはしでつかむ際には必ず左手でお椀を持って、そのお椀は元の位置に戻さなければなりません。

私語はおろか、お椀を置く音、はしでお椀をつつく音、食べ物をかむ音など一切の音を出すことが禁じられているため、大広間はシーンと静まり返ります。漬物をかむ音が響くほどですが、その音を出すまいとして漬物を飲み込んだという仲間もいました。それでも、そんなふうに決まり事を守れなかった場合は、お坊さんから注意を受けることになりました。

自分が食べ終わると、茶碗にはしを添えながら、入っているお茶を残るお椀に均等に流し込みます。そして、2枚いただいていた漬物のうち1枚をはしでつかんで洗い道具にして、お椀1つずつを小さいものから順に磨いては、お茶を次のお椀に集めていき、最後にご飯茶碗のお茶をすすって食事が終了します。

これは、いただいた食べ物をご飯1粒たりとも残さず、洗い場の人の手間を少しでも楽にしようとするための作法。
若かったころ、山にこもってテント生活をすることが多かった私は、今でも水を節約するとともに洗剤を使わなくても済むようにと、油もののお椀や皿はティッシュなどでぬぐうようにしていますが、このお茶を使った下洗いも、お茶の味はしょっぱくなるなどするものの、なかなか合理的なアイデアだと感心しました。

さて、写真で紹介した料理は2日目の夕食。
先に話したように朝や昼よりも豪華なメニューです。朝はお粥、昼は炊き込みご飯で、それに漬物や塩昆布が付いていただけの質素なもの。ちなみに1日目の夕食は肉なしの肉じゃがといった感じのジャガイモ、ニンジン、タマネギの炊き合わせと胡麻豆腐。

おなかをすかせている時間が長いうえ、料理の品数や量も控えめなこともあって、いずれの食事も美味しく味わいながらいただいましたが、それよりも正座をしたままであることがつらくて仕方ありませんでした。
不思議なことに、食べている間は足のしびれや痛みをさほど感じることはありませんが、食べ終わると同時に一気につらさが増します。でも、食べ終わったあとは正座をしたまま目をつむって全員が食べ終わるのを待たなければならず、後ろに座った仲間がゆっくり食べている様子が窓ガラスに映って見えると、うらめしく思ったほどです。

ご飯はおかわりできませんが、最初の食事を終えた際、標準の量から増やしてほしい人や減らしてほしい人は手を挙げることができましたので、大食漢の私は1人だけ特盛りに近い大盛りをいただけました。
ただ、私は普段は食べるスピードが他人よりも遅く、仲間たちに迷惑をかけてはいけないと思いながら毎回かなり急いでかきこむことになり、しかも音を立てないようにという気遣いもあって、終始神経をすり減らしてしまいました。

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