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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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朝ランで汗だくに

カレンダーより1日遅れる格好で3連休をいただいた私は、その連休初日となった本日、少し早く起きて一念発起、6時半ごろに自宅を飛び出して長らくしたことがなかった朝のランニングを敢行しました。

大阪・枚方市の京阪電鉄・光善寺駅の近くに引っ越してきて以来、自宅をスタートしてのランニングの行き先といえば、住宅地に雑木林や畑が入り交じる近くの丘陵地帯か、丘陵を背にすると2キロほどで到達する淀川の堤防・河川敷のいずれかで、せいぜい10キロほどを走るだけでした。
しかし本日は、丘陵を越えて淀川の支流で、生駒山地から流れてくる天野川沿いまで行き、その下流で合流する淀川に沿って戻ってくるという12キロほどを走ってみました。

このところ、2週連続でトライアスロンに出るなどして、少しばかり日常的にトレーニングをするようになったおかげで身体が動くようになっていたうえ、炎天下よりは条件の良い早朝とあって、さぞ快調に走れるはずだと思いましたが、そうは問屋が卸してくれませんでした。
台風一過とはいえ、カラッと晴れることのなかった今朝は、日差しこそありませんでしたが湿度が高く、気温も既に30度近くあったようで、噴き出す汗で、水をかぶったように全身がびっしょりになるほど。脚もどんどん動かなくなって、自宅手前の蹉跎(さだ)神社の参道では、登り坂でとうとう歩いてしまいました。

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スタートが6時半ごろですから、夏としては早朝というほどではありませんでしたが、丘陵を越える際には、道端で、まだしぼんでいない月見草の花を見かけました。
淀川沿いでカメラを向けた花は、ムクゲと昼顔。先日はピンクのムクゲを撮りましたが、淀川の堤防に咲いていたのは白くて中央部だけが赤いムクゲでした。昼顔は花をグループで撮ろうとしても、いい感じの絵にならず、思い切り近づいてみると、花の中で蜂が蜜を吸っているところでした。

丘陵を越えて天野川に出る手前には、自宅近くの蹉跎神社と似たような鎮守の森の小山に建てられた山田神社というお社があり、石段を上ってお参りをしようとすると、先客の女性が手を合わせて熱心に本殿を拝んでられました。

昨日の夕方に見た旧淀川の大川は、さほど増水していませんでしたが、今朝の淀川の本流は、濁流であふれそうでした。
川にかかる枚方大橋の手前で、プールのコースロープのように見えるのは、川岸に設置された手すりの上部で、川岸に向かう歩道は途中で水没してしまっていました。

そういえば、私は当初、本日が勤務の日でしたが、京都・亀岡市に在住の同僚と交代する形で昨日、出社しました。
といいますのも、3、4日前、大雨に弱いJR山陰線で通勤する同僚が台風の進路予報を見て、JRがストップすることを予測し、私に勤務の交代を頼んでこられたからです。それを聞いて私は、特段の用事がなかったものですから2つ返事でOKをしながら、JRがストップするほど雨が降るものだろうかと疑問に思っていました。
しかしフタを開けてみると、彼の予測は台風の予報よりも正確で、山陰線は昨日の始発からストップし、復旧したのは夕方近くでした。

写真は前後しますが、田園地帯を流れる天野川は、堤防や河川敷に遊歩道が整備されているのではないかと期待していましたが、これは期待外れで、一部にあった堤防の遊歩道は道路で寸断され、河川敷の方はほとんど草むらでした。
わが枚方市は、それなりに大きな町ですが、その市街地近くの川でも、遊歩道が整備されていないのを見ると、かつて地方都市に出張してジョギングするたびに感じたのと同じく、東京以外のインフラはまだまだ不十分だということを実感します。

東京オリンピックのメーンスタジアムは、予算の見積もりが高額になったことから、ようやく白紙見直しと決まりましたが、スタジアムの見直しで何百億円もの資金が節約できるなら、こうした遊歩道の整備など、一般市民の健康増進に役立つところに使われる方が、この国全体が元気よくなるためには良いように思います。
まあ、それを言うなら、いまだに大勢の人たちが避難生活を余儀なくされている大震災の被災地の復興支援にも、もっともっと税金が使われるべきなのでしょう。

※※※

そして、趣味のブログでナマナマしい内容は書かないことにしていても、ついつい愚痴をこぼしたくなるのは、この国にとって最も尊い宝ものと言える憲法を、身勝手な解釈で骨抜きにしてしまうという政策を、国民の大半がNOと言っているのにもかかわらず立案し、決めようとしている方々もまた、税金によって養われているという大きな矛盾についてです。

まあ、これについては愚痴りだすとキリがありませんので、サワリだけにとどめますが、「敵」を想定することが基本となる安全保障を必要以上に突き詰めるより、被災地の復興や「敵」を減らすことにつながるような本当の意味での国際交流など、人々の幸せに直結するようなことに、もっとお金と労力が使われるべきだと思ってしまいます。

「ランニングには国境はない」などとデカいことを言って、各国のマラソンを走ったり、韓国の仲間らと交流をしたりしている私はまた、国民が命を落とすくらいなら国が亡びる方が、ずっとマシだと本気で思っているような「平和ボケ」の人間ですが、こんな私を育ててくれた、最も大きな「親」ともいうべきは、ほかならぬ今の憲法だと思っています。

そもそも戦争をして人殺しをすることに大義名分などあるはずもなく、「民主主義のため」だの「平和のため」だの「国際社会のため」だのというのは、全部ウソっぱちであって、それはすべて「特定の国のため」なのでしょう。
そうした「特定の国」は「敵」をつくることで、いざというときに人を殺しても良いという言い訳をつくるわけですが、これは既に人の道に外れたことではないかと私には思えます。

殺しても良い人というのは、殺す側にとっては既に人ではないのでしょう。この国がかつて「敵」のことを「鬼畜」と表現していたのが、まさにその証拠でしょう。そうして、この国は70年以上前に内外で多くの尊い人の命を奪い、いわばそれと引き換えに今の憲法を手にしたわけです。
しかしその一方で、戦争に勝った側の国は、より多くの人を殺してきたとしても、なぜか「反省」も「謝罪」もすることはなく、それまで通りのやり方を変えることもしていません。

まあ、ひとことで言えば「勝てば官軍」というわけですが、だからといって、負けたからこそ得ることができた宝ものまで捨てて、なりふり構わず官軍にすり寄っているばかりでは、あまりにも歴史の教訓がないがしろにされすぎです。

こんなふうにぼやいていることは、夢物語のように思われるでしょうが、普通の人はシンプルに「良いものは良い」「嫌なものはイヤ」と言っていいのだと思います。もちろん「お国」には、普通の人にはうかがい知れない「お国の事情」があるはずなのですが、今の憲法がある以上、それでも私たち1人1人が主人であることには変わりがないのですから。

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