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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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快適に早朝12キロ3

泊り明け翌日の休みをいただいた本日、私は母が定期的に診察を受けている京都の病院に両親を連れて行きました。

両親を送り迎えした自宅から1キロほどの実家で、私はちょうど30年前、初任地の群馬・前橋から帰省していて、久々の母の手料理に舌鼓を打ちながらビールのグラスを傾けていました。そのときテレビの画面に流れたのが、「日航ジャンボ機が行方不明になった」というテロップ。乗客乗員524人を乗せたジャンボ機はそのとき既に、群馬県の山中に墜落していました。

山登りが好きで山が近い群馬に赴任させてもらった私は、帰省していなければ現場への一番乗りをしていた可能性が相当に高かったはずですが、私の職場から現場に向かったのは革靴にスラックスというシティーボーイの先輩。翌日の朝イチで持ち場に戻った私は、ふもとの病院で運ばれてきた生存者を迎え、その後2週間、犠牲者の遺体と遺族が集まる藤岡市を足場に、涙と汗で身も心もグショグショになりながら4人の生存者の1人だった川上慶子さんの動向を取材させてもらいました。

慶子さんに付き添っていた伯母さま方から直接話を聞かせてもらえるようになった、ただ1人の現場記者として、彼女が救出されるまでの体験や、入院期間中の日々の出来事をつづった記事は、地元紙をはじめ全国の新聞に大きく掲載されました。
その後30年、そのときどきの持ち場で自分なりに力を尽くして、自分ができる仕事をこなしてきたつもりではありますが、「こんなすごいヤマに当たるのは一生に一度あるかないかだ」と冗談めかして言っていた言葉はその通りになり、その後、仕事の上では思い通りにいかず、くすぶり続ける日々ばかりが長い人生になってしまいました。

「初心忘れるべからず」という言葉通り、今も、自分が納得できる仕事、少しでも社会のためになる仕事をしたいという気持ちは変わっていませんが、それなりに大きな会社のなかで自分が任される役回りは、どんどん変わってきてしまいました。
そして、どんな役回りであれ、会社の一員として仕事ができる年月は既に、それほど長く残されていません。

「人生は、いつ突然幕が下ろされるか分からないものだ」と、日航機事故の際に痛感したように、「次のステップをどう踏み出すかは、来るべきときが来てから考えれば良い」などと考えていてはダメなのだと思います。
初心を忘れず、そしていつも新たな初心を抱けるようにしながら、その日その時を大切に生きていきたいものです。

※※※

さて、掲載する写真は残念ながら日航機事故に関するものでも、私が過ごしてきた30年についてのものでもなく、引き続き3日前の朝ランの際に撮った最後の6枚です。
ブログを始める前の写真や思い出の写真を掲載しようと思えば、それこそキリがないほど膨大な枚数がコンピューターや押し入れの中に埋もれていますが、まだまだそんなものを振り返ったり掘り起こしたりしているヒマはないのです。

というわけで本日分の写真は、朝ランのコースを1周してきて、戻ってきた自宅近くの蹉跎(さだ)神社や、そのかいわいで撮りました。神社の参道まで来ると、さすがにシャツもパンツも水に飛び込んだかのように汗ダクになり、参道の坂道では歩きだしてしまいましたが、本殿へと登る石段を背にしようとして思い直し、お参りをすることにしました。
といいますのも、近々私と我が家にとっての一大イベントが予定されていて、ここは少し努力をして、イベントがとどこおりなく進むよう事前に神頼みをしておこうと思ったからです。

とはいっても、本殿に入る階段の赤いじゅうたんにシューズを脱いで上がるのはかんべんしてもらい、その代わり、ドリンクを買うためにウエストポーチに入れていた100円玉を、張り込んで賽銭箱に投げ入れることにしました。

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