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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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大津歴史の道ラン3

泊り勤務明け翌日で休みをいただいた本日は、家族で買い物に出かけた後、泊りの疲れが出て夕方にいったんダウンし、昼寝をさせてもらいましたが、夕食後には復活。昨日受け取った新しいウェットスーツを持って近くのスポーツクラブに出かけ、試泳をしてきました。

新しいスーツは、ゴムが硬くなってしまった古いスーツに比べると格段に動きやすく、水にも良く浮いて、試泳した感じはなかなか良好です。ただ、浮力がありすぎて下半身が浮き気味になるため、私の得意な平泳ぎをするのはかなり難しく、意識して足を下の方に蹴らなければなりません。また、泳ぎやすくなって、スーツなしのときと比べると相当速く泳げる感じがしますが、かといって格段に疲れにくくなるわけではなく、練習不足で弱ってしまった体のエンジンを強くしなければならないことに変わりはありません。

※※※

そんな話をしても、プールにカメラを持ち込むわけにはいかず、本日のネタは引き続き「大津歴史の道ラン」。
3日前の「チーム55」によるマラニックの写真アルバムで、本日分は3回続きの最終回。
コースの後半、旧東海道を抜けて琵琶湖岸にたどり着いた後、琵琶湖から続く瀬田川に架かる「瀬田の唐橋」を渡って対岸を経由し、ゴール地点となった大津市の中心部近くの船着き場まで戻って来るまでに撮った9枚です。

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湖岸・河岸をたどった琵琶湖南部および瀬田川上流部は、大学のクラブなどによるボート練習のメッカで、私たちが瀬田の唐橋を渡った際も、ちょうど橋をくぐり1艇のボートが水面を滑るように通り過ぎていきました。

対岸に渡ったころ、私の頭に浮かんだ疑問は、南に行くほど次第に細くなっていく琵琶湖と、それに続く淀川上流の瀬田川の境目はどこにあるのかということです。
そんな話を仲間たちにしていた直後、岸辺に「河川管理境界」と題して、琵琶湖と瀬田川の境目を示す看板に出くわしました。

ゴールの船着き場付近に停泊していた観光船の名前は「うみのこ」。
「我はうみの子」で始まって琵琶湖の情景を歌い上げる有名な「琵琶湖周航の歌」のタイトルに由来した船名のようです。
加藤登紀子さんが歌ったことでも知られる「琵琶湖周航の歌」は大正時代、旧制の第三高等学校(現在の京都大学)のボート部員だった小口太郎さんが作詞を手掛けて、琵琶湖一周の漕艇中に披露し、その後、学生歌・寮歌として歌い継がれてきたということです。

私は京都にある大学の出身ですが、京都大学で学んだわけではなく、ボート競技を体験したこともありませんが、京都大学出身の父が口ずさんでいたためか、小中学校時代から「琵琶湖周航の歌」は耳にしたり歌ったりしていました。
そして高校・大学時代、琵琶湖西岸の比良山に通い、数年前にはロードバイクで「琵琶一」と呼ばれる琵琶湖1周ライドも経験した私は、1人の関西人としても琵琶湖に対する懐かしい気持ちは持ち続けています。
そんな琵琶湖を懐かしむ気持ちを増幅させるとともに、風光明媚な湖岸の町・大津を再発見させてくれた今回のマラニックは、実に楽しく、心に残っていく体験となったように思っています。

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