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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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大台ヶ原を満喫3

近畿の秘境・大台ヶ原を散策した際に撮った写真を引き続き掲載します。
3回目の本日分は、2日目に周回路のハイキングコースを逆回りに歩いた東大台の名所である岩場の展望台「大蛇嵓(だいじゃぐら)」や、原っぱのように開けた景色が楽しめる「牛石ヶ原」「正木ヶ原」などで撮った12枚です。

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日本百名山の1つ、日出ヶ岳と並んで大台ヶ原で大展望を楽しめる場所が、標高差なんと約800メートルという断崖絶壁の上にせり出した岩場の大蛇嵓で、ここからは大台ヶ原の核心部である西大台の原生林や遠くに連なる大峰山脈の山々を望むことができます。
風が強かったこの日、私は大蛇嵓への往復で体重が14キロ近くある息子をチャイルドキャリアに担いでいましたので、鎖が設置された岩場の先端までは行くことは、大事をとって思いとどまりましたが、それでも絶景を存分に楽しめました。

大蛇嵓から周回路に戻って間もなくの牛石ヶ原は、背丈の低いイトザサが、じゅうたんのように地面を覆う原っぱのような風景が広がっていて、その中に初代の天皇とされる神武天皇の大きな像が立っています。
この像は、神武天皇が、現在の九州の日向から奈良の大和に攻め上った「東征」の際、このあたりの山を越えたという伝説に基づいて建立され、昭和3年に序幕されましたが、ここに神武天皇像を建立することを立案したのは、明治時代に大台ヶ原を「開山」した岐阜出身の古川嵩(ふるかわ・かさむ)とされています。

古川嵩は神道の一派、神習教の分教会である「大台教会」を開いたことで知られていますが、彼が最初に3カ月余りにわたって山ごもりをした際、大台ヶ原にはオオカミの群れが棲んでいて、大自然になじんでいった彼は最後に2頭のオオカミと親しくなって、道案内もしてもらったということです。

既にオオカミが絶滅した現在、牛石ヶ原から日出ヶ岳に至る広い尾根では、シカが良く見られるということです。私も、大学時代にここを訪れた際に何頭かのシカを見かけ、今回も日出ヶ岳の山頂付近で1頭の姿を目にしました。
残念ながら、この日の日中に再びシカを見ることはできませんでしたが、各地の植林の山と同様、この大台ヶ原でも、シカが増えすぎることによる食害などの悪影響が出てきているということです。

正木ヶ原は、昭和30年代の伊勢湾台風などの影響で、それまで繁っていた針葉樹のトウヒやウラジロモミの森林が枯れて、葉を落として白くなった木が骸骨のように立ち残る「立ち枯れ」の風景が幻想的で、大台ヶ原の象徴のようになっていました。
私も大学時代にここを訪れたときは、日出ヶ岳で日の出を見た後、朝日に照らされる立ち枯れの林に息をのんだ記憶がありますが、その後に立ち枯れていた木々が次々に倒れた結果、今や風景は一変して、立ち枯れたまま残った木はまばらになっています。

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