FC2ブログ
“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

最新トラックバック

カレンダー

06 | 2016/07 | 08
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -

月別アーカイブ

FC2カウンター

全記事表示リンク

富士山よ、さようなら

本日は、日本一の頂きを目指す「富士登山競争」に久しぶりに参加しました。

何度もの挫折を乗り越えて数年がかりで練習を続け、市民ランナーの勲章の1つとされる富士登山競争の時間内完走を果たしたのは既に6年前。
事情があって、辛うじて今年までの参加資格を維持していたことから、いま一度の参加に踏み切りましたが、年齢を重ねて基礎体力がガタ落ちになっているうえ、幼い子ども2人を持つ身となって生活が一転し、ランニングはおろか山を走る練習などほとんどできなくなっている状況の中で、今回完走できる確率は完全に0%。来年以降の参加資格を維持できる5合目の制限時間に間に合うかどうかも極めて微妙だと分かった上で現地入りしました。

そして本日の天候は霧雨。山頂コースが5合目までで打ち切られることになった中、そもそも最初から目標としていた5合目を目指しましたが、その結果は、5合目の制限時間に初めて間に合わず、見事な完敗。来年以降に山頂コースに出場する資格も失って、かつてあんなに親しくなっていた日本一のお山、富士山に、ひとまず「さようなら」を告げることになりました。

BL160722富士登山競争1DSC00759  BL160722富士登山競争2DSC00763  BL160722富士登山競争3DSC00761

BL160722富士登山競争4DSC00771  BL160722富士登山競争5DSC00772  BL160722富士登山競争6DSC00769

かつてのレポートで詳しく書かせてもらっている通り、富士登山競争は山梨県側の麓、富士吉田市の市役所から山頂までの標高差約3000メートル、距離にして約21キロを4時間半の制限時間内に駆け登ろうというレースです。ちょうど時間的に中間地点となる5合目を通過するための関門時間は2時間15分ですが、それより10分遅い2時間25分の制限時間以内に5合目に到達すれば以後3年間、山頂コースにチャレンジする資格が得られます。
しかし今回、私の5合目のゴールタイムは、なんと2時間32分台で、制限時間を7分もオーバーする完敗。今の自分の力を思い知るばかりの結果となりました。

私が6年前に制限時間ギリギリの完走を果たした際の5合目の通過タイムは2時間7分台。それ以前も5合目は2時間15分以内には通過していましたので、今回のゴールタイムは当時の自分からすれば、まさにあり得ないほどの遅さ。こんなことなら、わざわざ出場することなどなかったと思えるほどです。
ただ、一応のトライをしないまま参加資格を失うよりは、ダメもとでぶつかって今の実力を客観的に思い知っておくのも悪くはないと思えたうえ、自分の第2の青春だったともいえる40代の日々の何分の一かを捧げた富士山に、きっちりとあいさつしておこうという気持ちもありました。

そうは言うものの、肝心の富士山は雨模様のなか、一瞬たりとも、その頂を望むことができませんでした。
そして、富士山に来る資格など元々ないと言えるぐらいしか練習をしていなかった自分にとっては、むしろ5合目の制限時間を間違ってクリアするよりは、こうして実力不足を突きつけられる方がふさわしいように思えたとともに、当然のことながら悔しいという気持ちすらまったくわきませんでした。

とはいうものの、この間、自分なりに今の生活の中でできることは、かなりやってきたようにも思っています。
4月のフルマラソンでは、かつてに比べると、とんでもなく低い目標ではあるものの、このところの自分にとっては1つの壁になっていた4時間内のフィニッシュ「サブフォー」を達成し、その後はトライアスロンと富士登山のために太ももを鍛えるロードバイクでの通勤を再開。唯一長めの練習時間を確保できる泊り勤務明けには、3時間ほどしか睡眠をとっていないまま、生駒山へのランニング登山を繰り返しました。

しかし、そんな練習で富士山に挑むのは無茶だということも、十分に承知していました。富士登山競争を完走した6年前は、ランニング通勤に加えて職場までの階段を1日何回も駆け上り、山開きの前には5合目まで、その後には山頂までを走る練習を繰り返し、現地での「1人合宿」もして万全の準備を整えていたからです。ふもとから山頂までの標高差は3000メートル、5合目まででも1500メートルもあるというのに、生駒山に登る際の標高差はわずか600メートル余りしかないわけで、関西から辛うじて日帰りで行ける高い山の伊吹山に行けたとしても、かせげる標高差は1200メートルほどなのです。

その伊吹山にすら行く機会をつくれなかった自分は、言ってみれば準備など何もしていないに等しく、この程度の練習でスタートラインに立ったことは、当時の自分に顔向けすることも恥ずかしいくらいなのです。

それでもなお、今回こうしてダメもとであってもスタートラインに立ったことが意味のなかったこととは思っていません。
仕事や家庭生活など、人生のすべてに言えることは、今の自分にとっては、ちょっとした栄光であっても過去の出来事など何の意味もなさないということで、だからこそ今の自分に何ができるかを常に知っておくことは大事だからです。
それにランニングや持久系のスポーツでは、年齢に応じてパフォーマンスが落ちていくことは、ごく当然のことながら、年齢による体力の低下を補えるほどのトレーニングをすれば、パフォーマンスを維持したり向上させたりすることも不可能ではないわけで、そんなふうに年齢に応じてではあっても、もうひと花、ふた花を咲かせるためには、やはり今自分が立っている場所を知ることが必要だと思うからでもあります。

というわけで今回は懐かしい富士山に、ひとまずの別れを告げたのですが、今後2度と再び富士登山競争に挑戦しないと言い切ることも控えておこうと思います。
ただ、とりあえずは、富士山に追い返されてしまった自分を冷静に眺めつつ、ロングのトライアスロンの完走など、次なる目標に向かって体と心を立て直したいものだと思っています。

スポンサーサイト