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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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川の流れは絶えず

本日は午後からの勤務に先立ち、母が6年前から通っている京都市内の大学病院に、両親の付き添いで出かけました。

いつもは車に両親を乗せて通院しているのですが、今回はシフトの調整を怠って勤務が入ってしまったため、電車で病院に出かけて、その足で職場へと向かいました。
掲載した写真は京阪電鉄の出町柳駅から病院に行く途中に撮った鴨川の風景などです。

BL160810出町柳1IMG_0436  BL160810出町柳2IMG_0432  BL160810出町柳3IMG_0429

出町柳駅そばの鴨川大橋のすぐ上流では、京都の北山から流れてくる支流の高野川と賀茂川が東西からV字型に合流していて、その先には下鴨神社の境内に広がる糺(ただす)の森が見えます。35年ほど前、ここからほど近い大学に通っていた私にとって、当時とさほど変わらない橋からの風景はなじみのもので、川の水も同じようです。

この景色を見る度に頭に浮かぶのは、このあたりの出身だったという平安・鎌倉時代の歌人・随筆家、鴨長明の名作「方丈記」の冒頭です。と、そのことを書こうとしたところ、6年前の記事でも同じことを書いていたことが分かりました。
http://marathoncameraman.blog12.fc2.com/blog-entry-424.html

とはいえ、6年も前なら時効のようなものですから、もう1度、方丈記の冒頭のくだりを引用しておきます。

「ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず
よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし
世の中にある人とすみかと、またかくのごとし」

ようするに「流れ続ける川の水は同じように見えても、常に新しくなっている。水に浮かぶ泡もまた、現れたり消えたりして、同じ泡が浮かび続けることはない。現実世界の人びとも、住まいとする建物も、それと同じようなものだ」-といった諸行無常を表現した名文です。

実際、私が一見して、見慣れていると思う京都の風景も35年前とは全く違っていて、町角の店が変わっているばかりか、通りを行く人びとも昔と同じではありません。
35年前でなくても、6年前と比べても町も人も様変わりをしているわけで、もっと言えば、今の私は学生時代の自分とは大違いですが、6年前の自分とも大きく変わっているわけです。

そう、当時は名古屋で1人暮らしをしていて、京都に出てきては母を病院に連れて行った私は、今や大阪で幼い子ども2人を含む、にぎやかな家族の中にいます。

一方、35年どころか約65年前に京都の国立大学で学んでいた父や金沢の大学にいた母は、6年前に70代後半だったのが、今や80代半ばとなって、確実に年老いています。特に、高齢者特有の進行性の病気を患っている母の変わりようは、一緒にいるだけで胸が痛くなるほどです。
日に日に成長・発達を遂げて、新しいことがどんどんできるようになる子どもたちと、ちょうど逆の方向に進む両親を同時に見ている私も、どちらかと言えば、上り坂で高度を上げるのではなく下り坂を転がり始めているようです。

そんなふうにぼやいてみても、川の流れと同じく時の流れを止めることなどは不可能で、1つの泡のような人間の命が、やがて流れの中に消えていくことも分かっています。
ただ、だからこそ両親や自分の家族と一緒にいられる夢のような時間を、精いっぱい大切にしながら楽しんでいくようにしたいと思うわけです。

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