“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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病院の食堂でランチ

本日は泊まり勤務に先だって日中、京都の病院に通っている母を父とともに車に乗せて送り迎えしました。
2カ月に1回のペースで診察を受け、薬を処方してもらうための病院通いは、かれこれ5年以上になっていて、私は名古屋に勤務していたころ以来、そのほとんどの日に両親に付き添ってきています。

高齢者特有の進行性の病気を患っている母の状態は、ゆっくりとしたペースではあるものの少しずつ、着実に進んでいて、両親は公的なサービスを受けながらもなんとか2人暮らしを続けているという状態で、母の病気のために転勤して実家の近くに住んでいる私ができることはまだ限られています。こうした病院通いは、今のところ、私ができることのうちメインのシゴトの1つです。

初めのころは母の状態も今と比べるとずっと良くて、ほとんど普通の人と変わらない状態だったため、せっかく京都に出ていくのならと思って、病院に行ったついでに事前に調べておいた、あちこちの料理店に出かけたり、市内の名所に足をのばしてミニ観光を楽しんだりしていましたが、最近はもう残念ながら両親ともにそんな元気もやる気もなくなってしまって、単に病院と薬局に行って戻ってきています。
ただ毎回午後0時に予約した診察が終わった後は、院内の食堂で一緒に遅い昼食をとるのが習わしになっています。

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病院内に複数あるレストランのうち、このところ毎回利用しているのは、地下1階で生協が運営している食堂です。
ここのランチのうち、いつも頼む定番のセットは、いわば天ぷら定食で、揚げたてでアツアツの天ぷらと少量の刺身がいずれも美味しくて、すっかり食が細くなった母も、こちらが促してあげればほぼ全部を食べることができます。

といいましても、その写真はここに掲載したものの中にはなく、その代わりにアップした写真は、テーブルの上に散らばった食券と、別途頼んだデザートのケーキです。
小さな文字が印刷された食券をテーブルにまくようにして並べるのが、この食堂独特のやり方で、こんな小さな文字が読めるのだろうかと不思議に感じますが、このなんだか超アナログなところが、格好をつけないものの、それなりに美味しい料理を出してくれるこの食堂らしく思えます。

ケーキはコーヒーとセットでも400円前後と格安で、上等なケーキ屋さんのような華やかな味は望めませんが、ちょっとだけ幸せな気分になれて、これもまた母が「美味しい美味しい」と感激して食べてくれるので、こちらもうれしくなります。

オマケの写真は、帰る際に車のフロントガラスにのっていた落ち葉。
以前あった病院の駐車場は現在、新しい施設の建築工事に伴って閉鎖されていて、本日は近くにある代替えの駐車場も満杯だったため、近くにあった京都御所の駐車場を利用しました。御所のすぐわきにある駐車場は木々に囲まれていて、ほんの2、3時間の間なのに落ち葉が何枚も散っていたというわけです。

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打ち上げで歌を披露

コチャン・コインドルマラソンのツアーの際に撮った写真は、まだ掲載予定のものが残っていますが、埋め草的・五月雨式に順次アップしていきます。

そのうち本日掲載するのは、マラソンの当日、大会を事実上運営するコチャン・コインドルマラソン同好会による打ち上げが開かれ、東京夢舞いマラソン側から現地を訪問した私たち9人も、ゲストとして招かれた際の写真です。

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牛肉とタコの入った鍋などを囲み、私や公喜さんが持参した日本酒も酌み交わした後、コチャン郡のパク・ウジョン郡守(知事)の要望に応えて、夢舞いの一行は壇上で日本の歌を披露。私がマイクを持たせてもらい、皆で「上を向いて歩こう」と「365歩のマーチ」を熱唱し、会場を沸かせました。
これに続いてコチャン側による歌も披露されて宴はいっそう盛り上がり、パク郡守からは双方の交流を支援するために協定を結ぼうという、ありがたい提案も飛び出しました。

※※※

打ち上げの写真はまだ数枚を、その説明などとともに追って掲載することにします。

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そして、これらが追加分の写真です。

コチャン郡守(知事)のパク・ウジョンさんのご機嫌が一気に良くなったのは、夢舞い事務局次長のお富さんに、今年の夢舞いTシャツと「ターバンダナ(ターバン&バンダナ)」をプレゼントされ、一緒に腕を絡ませながら一気飲みする「ラブショット」をしてくれてからでした。

実際のところ、ラブショットの仕方を良く分かっていなかったお富さんが、うまくできたかどうかは良く覚えていないのですが、その代わりか、その前後かに写真のような抱擁シーンがあったのは確か。
お富さんご本人は「知事さんの上等そうな背広に、お酒をこぼしてしまって申し訳なかった」と言いながらも、固くかしこまってられた知事を上機嫌にさせるブレークスルーをしたことに、まんざらでもない様子でした。

ちなみにパク・ウジョンさんのお名前の「ウジョン」は、元の漢字こそ違いますが発音だけをとると「友情」の意味にもなります。
郡知事さんともつながった友情の輪が、来年以降も発展することを願いたいものです。

診察室で2ショット

左ヒザの半月板断裂と診断された私が、このところ保存療法のために通っているのは、先にもお話ししたとおり、中学・高校の同級生でヒザの専門医・評論家として有名な戸田佳孝さんが大阪・吹田市で開業されているクリニックです。

本日も仕事が終わってから、大阪地下鉄・御堂筋線の江坂駅前にあるクリニックに行き、治療が一段落したのを機に、診察室でツーショットを撮ってもらいました。

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既にお話ししていますが、私の半月板断裂は年齢と使いすぎに伴う半月板の損傷・劣化が下地にあるもので、半月板そのものが元通りになることは望めません。
そこで保存療法として行われているのは、定期的な軟骨成分・ヒアルロン酸やステロイドの注射によって当面の炎症や痛みを抑えると同時に、損傷・断裂によって骨と骨の間のすき間からはみ出して(逸脱して)周囲の組織を傷めがちな半月板が元の場所に収まるようにと、ウレタンパッド付きのサポーターを装着すること、そして関節に余計な力が加わるのを防ぐためのヒザ周囲の筋肉のトレーニングです。

ところがこの間、ヒザを無理に曲げようとしたときなどに半月板が一時的に大幅に逸脱してきて強い痛みを感じたり、脚を動かす際にヒザががカクカクと鳴るクリック音が発生することもありました。
その際に感じたのは、ソフトなパッドの付いたサポーターだけでは、暴れようとする半月板を十分に抑えることが難しいことがあるということです。そこで私が考えたのは、これまで普段に良く使っていた伸び縮みのするスポーツ用のキネシオテープを使って、もう少し適格に半月板を抑え込むパッドを自作することです。

といいましても、それはごく簡単な工作で、テープを何度も折りたたんで元のパッドと同じような形状をつくった後、これを別のテープでジャストの位置に固定してやるだけです。伸縮性のあるテープは折りたたんでパッドにすると、ちょうど良い感じの弾力があり、それをテープではりつけることによって、不用意に動くこともなくなります。
初めてこれを試してみた際、その前までクリック音が頻繁に出て、一度鳴り始めると止まらなくなっていたのが、ピタリと音がしなくなったほか、歩く際の違和感も飛躍的に小さくなったのです。

言ってみれば、処方してもらったサポーターに飽き足らず、その目指すところをくんで、さらに発展させるようなテーピングを自ら考案したということで、こんな勝手なことをする患者は、お医者さんに嫌がられるようにも思いましたが、恐る恐る佳孝先生に見せたところ「うわ、これええやん。すごいわ」と逆に感心されるとともに「こういう患者さん好きや。辰巳はほんまに自分で治していけそうやな」とまで言われました。
実際に彼に超音波で患部をみてもらったところ、当初はそこそこに収まっていた半月板が一時大幅に逸脱してきていたのが、すっかり元の位置に収まっているということでした。

私はこの間、この自作テーピングを日中に施していて、これをすれば自宅から駅までの1キロ前後なら何の痛みも違和感もなく軽いジョギングができるようになっています。
ただ、夕方ごろになるとヒザの別の部分に鈍い痛みが出てくることがあって、これは抑え込まれた半月板が他の部分に出ていこうとしているためだと想像していますが、痛みを抑えるにはテーピングを外す入浴後に湿布薬をはることにしています。

そのほか、ネットで紹介されていたヒザの裏側にボールを挟んだうえヒザを曲げて、半月板にかかる力を開放するストレッチをしたり、同じように半月板を開放するため、空中で軽いキックを繰り返してみるなど、まあ、考えられる限りの民間療法的な対処策を試みています。

テーピングをすると調子が良いからといって、それを外すと元に戻るだけではないかという心配があったり、延々とテーピングを続けるとすればその費用や手間暇はばかにならないと思ったりもしますが、それによって気持ちよく歩いたり走ったりができるようになるとすれば、十二分です。
まあ、そんなふうにしてだましだましヒザを使いながら、その間に筋肉を鍛えて、半月板も収まったままになってくれるように望み続けるというのが、当面できることなのだと思っています。

ペントハウスで乾杯

本日は、年齢が55歳ぐらいのランナー仲間でつくる「55の会」の集まりが、メンバーの恒平さん&美雪さん夫妻のご自宅で開かれ、美味しい料理とワインなどをたっぷりいただいて、楽しいひとときを過ごしました。

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大阪都心にある豪華マンションの最上階・ペントハウスの部屋に集まったのは、ホストの恒平さん&美雪さんのほか、走るパーソナリティー・若ちゃん&ご主人・若旦那さんのご夫妻、ムウさんご一家と、大阪国際女子マラソンに10年連続出場されたエリート市民ランナーのヤマピーさん、それに私。
予定されていた参加メンバーのうち、私の中学高校の同級生でトレランサークル監督のジダンさんは、まさかまさかの風邪のため出席することがかないませんでした。

2カ月に1度のペースで走って乾杯する例会を続けている55の会では、メンバーが持ち回りで会の幹事をすることになっていて、実のところ今月は私が幹事をする予定でした。
しかし、今月56歳になった私は半月板断裂と診断されたヒザの故障で走れない状態が続いていたことから幹事を辞退し、会への参加も当面は難しい旨を表明していました。

そんな私の状況を配慮して、今回の変則的な飲み会だけの会の開催を取り計らってくれたのはジダンさんで、彼はまた、恒平さん美雪さんの「セレブマンション」で「生ハムなどの洒落たつまみを食べながらワインを飲む」ことを楽しみにしてられました。
そのジダンさんが急きょ出席できなくなったというのは、会への参加資格を失ったも同然の私としては申し訳ない限りで、恒平さんも「せっかくジダンのために生ハムを用意してやったのに」と残念がってられました。

掲載した写真は、広々としたLDKの一角の大きなテーブルを囲んで参加メンバーが乾杯するシーンと、赤白そろっていただいたチリワイン「アルパカ」の白のボトル、それに、おつまみの1つでメロンの代わりに旬の柿を使った柿の生ハム巻き。
私の愛用していたコンパクトカメラ、キャノンのG7Xは、ここ数日突然ピントが合わなくなってきていて、ほぼ完全にダウンする寸前に、何とか辛うじて撮ることができたのが、この3枚だけでした。

桜もみじの大川河岸

故障したヒザの状態は一時期よりもかなり良くなっていて、自宅から駅までの1キロ前後なら軽いジョギングをすることも可能になっていますが、それでも1日のうちに痛みや違和感が全く出なくなるところまでにはなっていません。
そのため韓国・コチャンから帰国して以降もロードバイクによる通勤はまだ再開しておらず、泊り勤務と明けになった昨日と本日も電車通勤でした。

そんななか泊り勤務明けの本日は好天に恵まれ、職場を出た後は最寄駅の京阪電鉄・北浜ではなく、1つ京都寄りの天満橋まで、大川沿いに水上バス乗り場がある八軒家浜を通ってウオーキングし、その際に大川の河岸ですっかり朱色に色づいた桜もみじを写しこんだ風景のスナップ写真を何枚か撮影しました。
八軒家浜ではユリカモメの姿も見えて、いよいよ秋は深まり、冬の訪れも近くなっていることを感じさせてくれました。

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