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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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寺町から出町柳へ1

昨日は、近所に住む母を2カ月に1回、京都市内の大学病院に連れて行く日でしたが、私は午後からの勤務で病院から直接、職場に向かう必要があったため、母や、いつも一緒に出掛ける父を車で送ることができず、病院で現地集合しました。

こうしたケースではこれまで、病院に近い京阪電鉄の終点・出町柳駅まで電車に乗って行っていましたが、本日は30分ほど早く家を出て、出町柳の2つ手前の三条駅で下車。南北のメインストリート・河原町通と平行した風情のある寺町通を速足で散策して病院に向かい、出社する際にだけ出町柳駅を使うことにしました。

京都は35年ほど前に大学時代を過ごすなどした懐かしい街で、そこにせっかく出かけるのに全く寄り道をしないのも寂しいものですし、このところの慢性的な運動不足を少しでも解消したいという気持ちもありました。
そんなわけで、三条から寺町を通って出町柳まで、病院の行きと帰りに歩いた3キロほどの間に撮った写真18枚を、2回に分けて掲載します。

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京阪電車を降りた三条駅はかつて京阪本線の終点で、私は大学4年のうち自宅から通っていた2年間は、ここから自転車で通学し、その前の大学浪人時代には、大学の近くにあった予備校まで、まさに寺町通や京都御所を通って歩いていました。
そのころの三条駅は地上にありましたが、出町柳への延伸工事に伴って市街地の線路は地下を通ることになったため、鴨川に架かる三条大橋など駅前の風景は、階段を上らなければ目にすることができません。

そして昨日は、地下からの階段を上ると、まぶしい光が降り注いできて、遠回りをすることにして良かったと思えました。
三条大橋から上流を眺めると、遠くに連なる「京都北山」の山々は雪をかぶっていて、鴨川の冬のシンボルで、もう少し上流で多く見かけるユリカモメも、川の中の石に2羽たたずんでいるのが見えました。
京都の中心街、三条河原町の交差点の角には、洒落たアクセサリーのブティックがあって、観光客と学生であふれ、昔も今も粋な京都の町を歩いている実感がわきます。

河原町通の西側をやはり南北に走る寺町通は、文字通り豊臣秀吉によって多くの寺院が集められた地域にあって、三条からしばらくはアーケード街ですが、その先も民芸品店や様々な道具屋さん、それに古本屋さんなどが並ぶ情緒あふれる通り。
ブティックやカフェも混在していて、その多くはもちろん30年以上前とは様変わりしているはずですが、町屋も多く残る街の雰囲気は、あまり変わっていようです。

大学時代には既にカメラを手にしていた私ですが、当時は週末ごとに出かける北山などの山歩きで花や木々にばかりレンズを向けていて、京都ならではの寺社や、こうした風情のある街を被写体にしようという気持ちは全くありませんでした。
それに比べると今の私は打って変わって、何でもかんでも気持ちに引っ掛かるような風景は、とりあえず撮ってみるようになっています。それをして、こだわりがなくなってしまったというべきか、守備範囲が広くなったと言えるのかは分かりませんが、とにかくあれこれとカメラを向けたくなる風景が多い京都の街を歩くのは、ちょっと心躍る感じがして、それなりに速いスピードで歩いたものの、そんなにゆっくり撮影を楽しむ余裕もありませんでした。

鍋にツバス、ワカメ

冬場に体が温まる料理といえば、お鍋ですが、幼い子どもがいる我が家では、子どもが葉もの野菜をあまり食べてくれないことや、アツアツの食べ物が苦手なことなどから、これまでさほどいただく機会は多くありませんでした。

しかし、このところ3歳の息子がようやく菜っ葉の美味しさが分かってきたことなどから、いろんなお鍋をトライしています。そんななかでここ数日、子どもにも好評を博しているお鍋の具材はハギやツバスなどの魚と、新物の生ワカメ。

そのうちツバスや、それより大き目のハマチは、刺し身にもできる新鮮なものが丸ごと1匹でも600円~800円程度と割安で、刺し身が大好きな息子は、生のままでもどんどん食べてくれるため、そのままでも鍋に入れても良いということで便利です。
また茶色っぽい生ワカメは、鍋に入れた瞬間に鮮やかな緑色に変わって、そのときすぐに上げて食べると歯ごたえも香りも最高に良いことから、シャブシャブ感覚でいただくことができるうえ、やはり息子が大好きなことから野菜類の一翼を担ってくれています。

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掲載した写真のうち、シイタケやエノキが鍋一面に見えるのは、ハギの鍋。
その上に産直市場で買ってきた柔らかいシュンギクと、鮮やかな緑になったワカメを乗せた写真も合わせてアップ。

そして、ツルツルでピカピカの刺身でも食べられるツバスは、とりあえず半身分ですが、息子はこの半分ぐらいは醤油につけながら刺し身でペロリと食べてくれます。

久々のスイム見学

本日は久々に3歳の息子をスイミングスクールに連れて行き、プールの上のフロアからガラス窓越しにレッスンの様子を見学しました。彼は、しばらく前のテストで、なんとか水への「顔つけ」をして、「水遊びができる」一番下の級に認定されたばかりですが、数回のうちに格段の進歩を遂げていて、びっくりしました。

息子はまだ、うつ伏せに顔をつけて水に体をあずけ、足をバタバタさせて1メートルの泳ぎを目指す段階ですが、以前は怖がってコーチの補助が必要だったのが、今や自ら勢いよく水に飛び込むことができるようになっているのです。
しかも順番待ちをしている間、コーチが見ていないところでも、何度も飛び込む練習をしていて、まさに水とたわむれるのが楽しくてしょうがない様子。さらに、以前のようにキョロキョロと私の方を見ることもなくなって、ちょっと寂しく感じましたが、もうどんどん泳ぎ始めるのも時間の問題のようで、今年の夏が楽しみになってきました。

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スイミングスクールでは、見学用のガラス窓の前のベンチの席を若いお母さま方がズラリと並んで陣取ってられ、私はその間から手を伸ばして写真を撮っていましたが、掲載した写真は、その撮影のために首から下げていた撮影許可証と、一番下の級に認定されたのを受けて息子が受け取った練習ノート。
それにレッスンの後、高台にあるスクールから眺めた夕方の景色です。

といっても、景色が眺められる駐車場のわきには高いフェンスが設置してあって、この写真を撮る前には息子を肩車して、彼にもこのちょっとドラマチックな夕景を見せてやりました。
「きれいやろ、この景色」と言っても、息子はまだ「景色」の意味が良く分かっておらず、「どれが景色?」と繰り返し問い返すものですから、「目の前にある全部が景色というんや」と教えてやりました。

オモチャに囲まれて

泊り勤務明け翌日で休みをいただいた本日は、1歳の娘を連れて大阪市内に用事で出かけた後、ショッピングモールに立ち寄り、保育園に行った3歳の息子を迎えに行った後は、2日続けて2人を風呂に入れました。

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子どものいる生活をしていると1日があっという間に過ぎるということを、休みの日には痛感するもので、本日もあれよあれよという間にトレーニングもせず、写真も撮らないままに夕方を迎え、風呂上りにオモチャをぶちまけたにぎやかな湯船にカメラを向けてみました。

昨日撮ってあった、おままごと用のやはりカラフルなオモチャは、地元の先輩トライアスリートが以前プレゼントしてくれたミニカートに息子が並べたもので、濃い赤のカートの荷台をバックに、不思議ときれいな絵になっていました。

そしてオマケの写真もオモチャの縫いぐるみや人形。
緑の上着を着たクマちゃんは、前に住んでいた我が家にホームステイに来てくれた韓国大学生のヒョヌ君が息子にプレゼントしてくれたもので、残る青い目の女の子やおサルの人形は、義理のいとこの娘さんのお下がりです。
そうそう、この間、在学中の兵役で軍隊に入っていたヒョヌ君はこのほど無事に訓練期間を終えたということで、若者たちの日々もまたどんどん流れて、新しいステージへと進んでいくようです。

雨の中、清滝峠越え

泊り勤務明けの本日は冷たい雨が降る中、帰宅時に少し遠回りして、大阪と奈良の府県境にある生駒山地の清滝峠(大阪・四条畷市)を越えてきました。

去年の秋に発覚した左ヒザの半月板断裂による故障の後、痛みや違和感がほぼ解消した最近になっても、大事をとってランニングは本格的に再開しておらず、トレーニング量が激減した結果、私の体重は未知の領域まで増えてきています。
本日、少し無理をしてでも時間に余裕がある機会を逃さず、帰宅ライドでの練習量を増やそうと思ったのはそのため。また、痛みがなくなったらなくなったでサボってしまっている筋トレの代わりに、脚や呼吸器系に負荷がかかって、筋肉に刺激が入る坂道ライドをしてみようと、しばらく前から目論んでいたからでもあります。

さらに、ちょうどこの間、ヒザへの負担を減らそうと、バイクのギアを坂道に対応しやすい軽めのものにした上、ペダルのアーム部分に当たるクランクも短くして回しやすくしていましたので、その効果を試したいという気持ちもありました。
かといって、いきなり劇坂で知られる生駒山地南部の暗がり峠や、やはりチャレンジングな十三峠にトライしていては、再びヒザを悪くする恐れがありますので、標高差200メートルほどで勾配も緩やかな坂道ライドの入門コースとされる清滝峠を選びました。

また清滝峠は比較的自宅の近くに位置していて、峠を越えて渓谷沿いの磐船街道を下ってきても、自宅までの距離は通勤路の20キロより少し長いだけの30キロ余りにしかなりません。
そうしたこともあって、走り初めには既に小雨が降っていたものの、空はそれほど暗くもなかったことから峠道を登ってみることにしたのです。

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掲載する写真はまず、峠の麓に行きつくまでに通る、花博会場跡の鶴見緑地公園の入り口と、標高245メートルの標識がある清滝峠付近、そして以前、近鉄・生駒駅からの帰宅トレランでいつも休憩地点にしていた峠の向こう側にある飯盛霊園の事務所前の自販機コーナーで撮った愛車のパナコです。

雨の中を走りだすといっても緊急用にバッグの中に用意してある装備は、撥水性のウインドブレーカーの上下と防水のヘルメットカバーにシューズカバー、バッグのカバーぐらい。手袋はもともと防風性のものの下にもう1枚はめて2重ですが、これも雨を完全に防げるものではありません。
というわけで、走っている間にヒザや足首周りなどに水がしみてきますが、それでも気温は雪にならない程度と、このところにしては高めだったため、峠道に突入しました。

国道163号線が通過する清滝峠は、国道のバイパスができていることから、バイク向けの旧道は幅が広いわりには車が少なく、狭く曲がりくねった道に突然車が現れる暗がり峠や十三峠より走りやすいほど。
そして取り替えておいたギアやクランクの効果も上々で、気持ちよく心拍数を上げ、自分の呼吸音でリズムをとっているうち、あれよあれよという間に頂上まで登りきることができました。

ただ問題だったのは下り道。ただでさえ雨でブレーキの利きが悪くなっているのに加えて、長らく調整していなかったことからワイヤも緩んでいたため、辛うじて減速することはできてもストップするのは難しくて、車のそばを走るのがおっかないほど。
昨日報じられたエリートトライアスリートのバイク練習中の死亡事故のことが頭をよぎりますが、自分がここで事故に遭っても、たいしたニュースにはならないよなあ、などと考えながら、ようやく飯盛霊園まで下って、ここでワイヤを調整しました。

ところが今度は、ブレーキパッドが限界まですり減っていることが分かり、前輪はゴムの下にある金属部分とホイールの金属がすれてガリガリと音をたて、ほとんど使い物になりません。
というわけで、本来なら気持ちよく飛ばすはずの磐船街道の下りも、利きの悪い後輪のブレーキだけにたよって徐行運転し、なんとかかんとか下っていきました。

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そうしたブレーキのトラブルに加えて、峠越えの前後では雨が強くなったため、体の濡れはひどくなり、手袋は絞るとポタポタと水が落ちるほどになっていましたが、こんなブレーキのままでは今後の通勤ライドも不可能ですので、山を下りて自宅に向かう途中にある行きつけの自転車屋さんに寄って、ブレーキパッドを交換してもらいました。

すると案の定、既に金属の削りクズが出ていた前輪のブレーキパッドだけでなく、後輪のパッドもほとんどゴムがなくなっていました。そのゴムを見ると、少しずつ積み重ねてきた通勤などでの練習量が、かなりのものになっていることを実感すると同時に、自分のヒザの緩衝材である半月板が長年酷使してきた結果、すり切れて断裂するのも当然だよなあと思えました。

掲載した残りの3枚は、取り外してもらった後輪のブレーキパッドと、帰宅後、既に足首部分から水が靴の中に入ってしまっていたシューズカバー、それに磐船街道の途中にある磐船神社の御神体である巨岩をバックに撮った酉年の絵馬でした。