“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

最新トラックバック

カレンダー

12 | 2017/01 | 02
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

FC2カウンター

全記事表示リンク

清滝峠、くろんど池

泊り勤務明けの本日は9日前の明けと同じく、ロードバイクに乗って大阪と奈良の府県境の手前にある清滝峠を越え、遠回りをして帰宅しました。

前回は雨の中で清滝峠を越えた後、近道となる渓谷沿いの国道を下って全部で30キロ余りを走り、雨と利きの悪くなったブレーキのために快適とはいえないバイクライドだったため、本日はそのリベンジを兼ねて同じ峠越えの道をたどったのに加え、さらに少し遠回りをして、生駒山地北部の大きな溜め池、くろんど池を経由するコースをとってみました。

その結果、さらに小さな峠を2つ、大きめの峠を1つ超えることになって、総走行距離は40キロほどに達し、ちょっとまともなミドルディスタンスの練習をすることができました。
ただ、清滝峠の登り口に達するまでの国道などで、何度も接近してくる大きなトラックに悩まされたうえ、最後の下りでは、車1台がやっと通れるほどの狭い道で、今度は地元の軽トラックに接近されたほか、勾配も急だったことから気持ち良く飛ばすことができず、ブレーキレバーを握り続ける手が疲れてしまうほどでした。

普段は信号も車もない河川敷を走ることに慣れているためもあるのでしょうが、やはり一般道路でのバイクライドは神経をすり減らすもので、それなりの慣れと、より快適に走れるコース選びが必要だということを実感しました。
というわけで、ヒザのリハビリのため当面はランニングよりバイクライドにウエイトを置いていこうと思っているため、泊り明けの遠回り帰宅向けに、さらに快適なコースづくりを模索してみようと思っています。

BL170131清滝峠くろんど池1IMG_1414  BL170131清滝峠くろんど池2IMG_1409  BL170131清滝峠くろんど池3IMG_1423

掲載する写真はまず、清滝峠までに近くを通る鶴見緑地公園のシンボルタワー「いのちの塔」と、峠の登り口、それに峠付近の古い集落をバックに撮った愛車のパナコです。

BL170131清滝峠くろんど池4IMG_1432  BL170131清滝峠くろんど池5IMG_1427  BL170131清滝峠くろんど池6IMG_1437

最初の3枚には漏れましたが、2体1組の石仏は、清滝峠の一角にある巨岩や他の石仏と並んで置かれています。

くろんど池に向かう際に通る奈良県生駒市の高山地区は、茶道に使う茶せんの名産地で、全国の9割が生産されているということで、秋に刈り入れが済んだ田んぼに、茶せんの材料となる竹を割って円錐状に立て掛け、干している風景がそこここに見られました。

茶せんの産地とあって、タケノコの名産地・京都の南山城地区につながるこの一帯にも竹林が多く、くろんど池に向けて登る小さな峠の手前も両側が竹林となっています。

BL170131清滝峠くろんど池7IMG_1451  BL170131清滝峠くろんど池8IMG_1447  BL170131清滝峠くろんど池9IMG_1442

本日のバイクライドは、先日と違って雨には降られませんでしたが、気温はかなり寒く、その点でもいまいち快適とはいえませんでした。
厳寒の時期とあって、暖かい季節の休日には、くろんど池に浮かぶボートも、桟橋に揚げられていました。

くろんど池の先では、かつて大阪と奈良を結ぶ山越えの街道の通過地点だった傍示の里を通って、最後の峠に向かいました。
その手前では、早春が近づいていることを感じさせるスイセンの花が咲き、道路わきの田んぼには、浴衣やウインドブレーカーを着せた案山子が並んでいました。

スポンサーサイト

お昼に大阪国際女子

大阪国際女子マラソンが開かれた昨日、私は日曜の勤務でしたが、ちょうどお昼時間に買い物に出た10分余りの間に、職場のそばのコースの往復部分で、先頭集団や駆けっこ仲間を応援することができました。

BL170129大阪国際女子3P1290641  BL170129大阪国際女子2P1290636  BL170129大阪国際女子1P1290652

職場からほんの100メートルほどにある京阪電鉄・北浜駅前の土佐堀通は、スタート・ゴール会場のヤンマースタジアム長居から大阪城を通ってきた選手たちが18キロすぎと25キロすぎに通過します。

幸いにも仕事が一段落して短時間、お昼の買い物に出ることができたため、タイムを見計らって通りに出たところ、間もなく先頭集団が通過。向かい側に移動すると、またまたちょうど、駆けっこ仲間が来るころでした。
コンパクトカメラでの撮影では、ピントが思ったように合いませんでしたが、見事に復活優勝を遂げた重友梨佐選手や、このあたりまで先頭を走って2位に入った堀江美里選手、それに我が明走会きっての快足女子ランナー、文さんの姿も、なんとかおさめることができました。

自己ベストに数分と迫る3時間12分台で見事ゴールした文さんは、15~20年ほど前に走力がピークだったころの私と同じぐらいの速さで、女子の市民ランナーとしては超エリートですが、それでも既に彼女から7キロほども先を走って、50分近くも早くゴールするエリート選手たちは、市民ランナーからすると本当に雲の上にいるような存在です。

そんなエリート選手たちの中でも、ほんのわずかの差で、オリンピックへの一歩となる世界選手権への切符を引き寄せるか取り逃すかの違いが出るわけで、トップアスリートたちの勝負の世界の厳しさが分かります。
それに比べ、私はそもそも競技には縁がなく、一時は市民ランナーとしてはかなり速く走れましたが、今や年齢によるパフォーマンスの低下や故障とたたかうだけで精いっぱいで、フルマラソンを走っている途中の文さんを追いかけることすらできないほど。

それでもやはり、トップ選手やエリート市民ランナーらの走りを近くで見ると、自分もまた風を切るように走ってみたいと思うもので、わずかの間の観戦ではありましたが、ヒザの故障からのリハビリを進めていこうと考えている自分にとっては、とても良い刺激になりました。

行きはよいよい、でも

本日は午後から天気が崩れるという予報でしたが、朝のうちは青空も広がっていたため、なんとかもつかもしれないと思って、いつも通りロードバイクに乗って通勤することにしました。
往路は追い風気味で、気持ち良く飛ばすことができましたが、夜の復路は案の定、冷たい雨が降ったうえ向かい風も強く、まさに「行きはよいよい 帰りは怖い」ということになりました。

しかも帰りには、淀川河川敷に何カ所も設置されているのバイク止めの1つでバランスを崩し、転倒しかけた際、ハンドルのエンドに取り付けてあったバックミラーを落としてしまって踏んだり蹴ったりの結果となりましたが、雨の中でも頑張ったという充実感と、快い空腹感は得ることができました。
また先日の泊まり勤務明けで、やはり雨の中をバイクに乗って峠越えをした際に、グローブがすっかり濡れてしまったのを教訓に、用意していたちょっとしたグッズが役に立つのを確認することもできました。

BL170129バイク通勤1IMG_1393  BL170129バイク通勤2IMG_1397  BL170129バイク通勤3IMG_1399

往路の淀川河川敷では、対岸にある施設から出る煙が進行方向にたなびいて、かなりの追い風であることが分かりましたが、頭上に広がっていた青空の向こうには雲の帯が迫ってきていて、天気が下り坂にあることも見てとれました。

BL170129バイク通勤4IMG_1303  BL170129バイク通勤5IMG_1316  BL170129バイク通勤6IMG_1311

復路では既に雨が降りだしていたものの、降りはそれほど強くなかったことから再びロードバイクに乗って家路にこぎ出すことにしました。
防水の雨具はかさばるため持ち歩いておらず、バイクウエアの上に着たのは撥水性のあるウインドブレーカーの上下でしたが、1時間ほどのライドではほとんんど濡れることはなく、ヒザのあたりからわずかに水がしみただけで済みました。

もちろん、防水のシューズカバーやヘルメットカバー、それにシートポストに装着したバッグにもデイパック用のカバーをかけて、それぞれが活躍してくれましたが、本日はさらにグローブの上にゴム手袋をはめたところ、手も全く塗れることなく、快適なハンドル操作やギヤ操作をすることができました。

実は先日、二重にはめたグローブが、絞ると水がしたたり落ちるほどに濡れて不快だったため、完全防水のグローブを新調しようかと調べてみましたが、防水フィルムを使ったものもウエットスーツのようなネオプレーンを使ったものも、けっこう良い値段がするため躊躇していました。

そんななか、近くのホームセンターに立ち寄った際に目に止まったのが作業用のゴム手袋。
それなりの厚さがあって繰り返しの使用にも耐えそうで、しかも十分に柔らかく、LLサイズのものはブカッとして、バイクグラブの上にはめるのにちょうど良さそう。しかも値段は300円足らずだったため、トライする価値はありそうだと思ってゲットしました。
そして本日、実際に使ってみたところ、当然のことながら水はまったく入らず、しかも全面がゴムなのでグリップ力も抜群で、当面の非常用には十二分な機能を発揮してくれたというわけです。

雪遊び用に靴&手袋

先日の寒波で、この冬初めてうっすらと雪化粧した大阪ですが、ほんの1センチほど積もっただけの雪では、小さな雪だるまをつくるのが精いっぱいでした。

それでも、小さな雪だるまでも喜んでくれたり、雪のことを歌った童謡を口ずさんだりしている息子を見ていると、ちゃんと雪の積もった山の上か日本海側の地域に子どもたちを連れて行って、雪遊びをさせてやりたいという気持ちが大きくなります。
かといって、いきなり雪のあるところに出かけるわけにもいかず、本日は地元にあるスポーツ用品の量販店や子ども用品店をめぐって、雪遊びに使えるシューズや手袋などを買いだしてきました。

BL170128雪遊びウエア1IMG_1289  BL170128雪遊びウエア2IMG_1301  BL170128雪遊びウエア3IMG_1294

寺町から出町柳へ2

一昨日、母の病院の付き添いで仕事前に京都に出かけ、その前後に寺町通から京阪電鉄・出町柳駅までを歩いた際に撮った写真を、さらに9枚アップします。
寺町通沿いにある知る人ぞ知る観光スポット、本能寺の境内や、出町柳駅の手前で再び鴨川を渡る際に眺めた比叡山などの風景も含まれています。

BL170125京都散策2-1IMG_1331   BL170125京都散策2-2IMG_1336   BL170125京都散策2-3IMG_1332

本能寺は、明智光秀が織田信長を討った「本能寺の変」で知られますが、観光スポットのはずが、血なまぐさい歴史的事件の舞台であるためか、以前から多くの人が訪れるのを見ることはなく、この日も制服姿の高校生のグループを数組見かけたほか、境内は京都の中心市街地にあるというのに、ひっそりとしていました。

私はこれまで、本能寺の変が起きたのも、この場所だと思っていましたが、調べてみると、その際の寺は西南西に1キロ半ほど離れた別の場所にあり、寺町通かいわいに寺院を集めた豊臣秀吉によって今の場所に移されたのだそうです。

南北に走る寺町通が東西の目抜き通り、御池通と交わる交差点の北東側に見えるのは京都市役所です。
京都マラソンのコースの後半のハイライトの1つである市役所は、給水所が設けられて、チアガール姿のお嬢さんたちが応援してくれるなど華やかな雰囲気がお気に入りでしたが、私は半月板断裂による昨年来のヒザの故障を見越したように、来月開かれる大会へのエントリーを忘れてしまい、今年はその雰囲気を楽しむこともできません。

考えてみると、学生時代には、50代までにフルマラソンを80回ほども完走し、京都の街も何度も駆け抜けることなど想像もできませんでしたが、今こうして再びフルマラソンを1度も走ることのないシーズンを迎えてみると、学生時代に戻ってきたような感じがしてきます。

BL170125京都散策2-4IMG_1329   BL170125京都散策2-5IMG_1343   BL170125京都散策2-6IMG_1347

寺町通りには古本屋さんも多くあって、この日も店頭に積まれた本の前にたたずむ人の姿が見られました。
そういえば、私も学生時代には京都の古本屋や古本市で、いろんな本を物色したものですが、そのころに買って、ほとんど読んでいない50数冊セットの世界史の本こそ「そのうちに暇ができたら読もう」と思いながら、ただの大荷物として何度もの引っ越しで各地を持ち歩いた末、今も抱えているものの、それ以外の多くの本は処分してしまって、ついつい本を買ってしまう本屋や古本屋に立ち寄ることも、あまりなくなっています。

人生の中で読むことのできる本は、果てしなくあるように思いながら、本を1冊読むごとに自分という人間が深まるように信じていた学生時代の自分は既にどこにもおらず、私はその後、仕事や遊びの忙しさの中で「本よりも現実の世界の方が大切だ」などと言い訳をしながら、学生の自分が予想していたほど多くの本を読まないまま人生の半分以上を過ごしてしまいました。

かたや85歳になる私の父は本を買ったり読んだりすることだけが趣味で、1冊ごとに包装紙で丁寧にカバーを付けたうえ背表紙にタイトルを自筆した本を数万冊もためこんでいて、実家はマンションなのに床が抜けるのではないかと心配するほどですが、人付き合いが苦手な彼は今や、老人特有の病気が進んで難しい会話が苦手になってしまった母以外に話をする人といえば、私や私の家族ぐらいです。

父はまた、かつては中国語やロシア語、ここ数十年は韓国語のラジオ講座を聞いていましたが、私が何度も一緒に韓国に行くことを誘ったにもかかわらず、韓国語を「使いたいとは思わない」と断言していて、「言葉はしょせんコミュニケーションの道具だから、使ってなんぼだ」と思っている私とは正反対です。
でも、人類が生み出してきた本の世界を誰よりも広く渉猟してきた父の人生と、人とのつながりこそ自分の糧なのだと「現実主義」を貫いてきたつもりでも、思ったほど人の輪を広げることができなかった私の人生を比べて、どちらが良いかなどという答えはどこにもなく、結局のところ自分の人生を認めながら、残された日々をより納得できるように過ごすしかないのでしょう。

脱線してしまいましたが、京都散歩の話に戻ると、寺町通と二条通の角にも古本を扱う店があって、その前の歩道わきの植え込みの陰には、江戸時代に大坂に住んでいた俳人で浮世草子の作家、井原西鶴の詠んだ俳句の句碑が置かれています。

「通ひ路は 二条寺町 夕詠(ながめ)」-。
この句碑がいつからあるのかは分かりませんが、何度も寺町を歩いていた私がその存在に気付かなかったことは確かです。
昔ながらの繁華街である先斗町や祇園、それに夏になると河原にせり出したテラスの「川床」が並ぶ鴨川の風景が目に浮かぶような句ですが、そういえば京都の街の地理に詳しいつもりの私も、そうした華やかな街の雰囲気に触れることができた機会はほとんどなく、ただかつてこの寺町などを何度も歩いたというに過ぎません。

BL170125京都散策2-7IMG_1350  BL170125京都散策2-8IMG_1349  BL170125京都散策2-9IMG_1353

出町柳駅の手前で鴨川を渡る橋の上からは、「大」の字の部分に雪が残る大文字山や、うっすらと雪化粧した比叡山、それにもっと雪深い様子の京都北山の山々を眺めることができました。

そういえば、大学時代の私が足しげく通っていたのは、缶ビールを片手に何度も夕景・夜景を見に行った大文字山や、山道という山道を歩きつくすほど毎週のように出かけた北山の山々でしたが、関西に戻ってきていながら幼い子ども2人と暮らす私は、この懐かしい山々に足を踏み入れる機会も今のところは、なかなかつくれないでいます。