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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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寺町から出町柳へ2

一昨日、母の病院の付き添いで仕事前に京都に出かけ、その前後に寺町通から京阪電鉄・出町柳駅までを歩いた際に撮った写真を、さらに9枚アップします。
寺町通沿いにある知る人ぞ知る観光スポット、本能寺の境内や、出町柳駅の手前で再び鴨川を渡る際に眺めた比叡山などの風景も含まれています。

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本能寺は、明智光秀が織田信長を討った「本能寺の変」で知られますが、観光スポットのはずが、血なまぐさい歴史的事件の舞台であるためか、以前から多くの人が訪れるのを見ることはなく、この日も制服姿の高校生のグループを数組見かけたほか、境内は京都の中心市街地にあるというのに、ひっそりとしていました。

私はこれまで、本能寺の変が起きたのも、この場所だと思っていましたが、調べてみると、その際の寺は西南西に1キロ半ほど離れた別の場所にあり、寺町通かいわいに寺院を集めた豊臣秀吉によって今の場所に移されたのだそうです。

南北に走る寺町通が東西の目抜き通り、御池通と交わる交差点の北東側に見えるのは京都市役所です。
京都マラソンのコースの後半のハイライトの1つである市役所は、給水所が設けられて、チアガール姿のお嬢さんたちが応援してくれるなど華やかな雰囲気がお気に入りでしたが、私は半月板断裂による昨年来のヒザの故障を見越したように、来月開かれる大会へのエントリーを忘れてしまい、今年はその雰囲気を楽しむこともできません。

考えてみると、学生時代には、50代までにフルマラソンを80回ほども完走し、京都の街も何度も駆け抜けることなど想像もできませんでしたが、今こうして再びフルマラソンを1度も走ることのないシーズンを迎えてみると、学生時代に戻ってきたような感じがしてきます。

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寺町通りには古本屋さんも多くあって、この日も店頭に積まれた本の前にたたずむ人の姿が見られました。
そういえば、私も学生時代には京都の古本屋や古本市で、いろんな本を物色したものですが、そのころに買って、ほとんど読んでいない50数冊セットの世界史の本こそ「そのうちに暇ができたら読もう」と思いながら、ただの大荷物として何度もの引っ越しで各地を持ち歩いた末、今も抱えているものの、それ以外の多くの本は処分してしまって、ついつい本を買ってしまう本屋や古本屋に立ち寄ることも、あまりなくなっています。

人生の中で読むことのできる本は、果てしなくあるように思いながら、本を1冊読むごとに自分という人間が深まるように信じていた学生時代の自分は既にどこにもおらず、私はその後、仕事や遊びの忙しさの中で「本よりも現実の世界の方が大切だ」などと言い訳をしながら、学生の自分が予想していたほど多くの本を読まないまま人生の半分以上を過ごしてしまいました。

かたや85歳になる私の父は本を買ったり読んだりすることだけが趣味で、1冊ごとに包装紙で丁寧にカバーを付けたうえ背表紙にタイトルを自筆した本を数万冊もためこんでいて、実家はマンションなのに床が抜けるのではないかと心配するほどですが、人付き合いが苦手な彼は今や、老人特有の病気が進んで難しい会話が苦手になってしまった母以外に話をする人といえば、私や私の家族ぐらいです。

父はまた、かつては中国語やロシア語、ここ数十年は韓国語のラジオ講座を聞いていましたが、私が何度も一緒に韓国に行くことを誘ったにもかかわらず、韓国語を「使いたいとは思わない」と断言していて、「言葉はしょせんコミュニケーションの道具だから、使ってなんぼだ」と思っている私とは正反対です。
でも、人類が生み出してきた本の世界を誰よりも広く渉猟してきた父の人生と、人とのつながりこそ自分の糧なのだと「現実主義」を貫いてきたつもりでも、思ったほど人の輪を広げることができなかった私の人生を比べて、どちらが良いかなどという答えはどこにもなく、結局のところ自分の人生を認めながら、残された日々をより納得できるように過ごすしかないのでしょう。

脱線してしまいましたが、京都散歩の話に戻ると、寺町通と二条通の角にも古本を扱う店があって、その前の歩道わきの植え込みの陰には、江戸時代に大坂に住んでいた俳人で浮世草子の作家、井原西鶴の詠んだ俳句の句碑が置かれています。

「通ひ路は 二条寺町 夕詠(ながめ)」-。
この句碑がいつからあるのかは分かりませんが、何度も寺町を歩いていた私がその存在に気付かなかったことは確かです。
昔ながらの繁華街である先斗町や祇園、それに夏になると河原にせり出したテラスの「川床」が並ぶ鴨川の風景が目に浮かぶような句ですが、そういえば京都の街の地理に詳しいつもりの私も、そうした華やかな街の雰囲気に触れることができた機会はほとんどなく、ただかつてこの寺町などを何度も歩いたというに過ぎません。

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出町柳駅の手前で鴨川を渡る橋の上からは、「大」の字の部分に雪が残る大文字山や、うっすらと雪化粧した比叡山、それにもっと雪深い様子の京都北山の山々を眺めることができました。

そういえば、大学時代の私が足しげく通っていたのは、缶ビールを片手に何度も夕景・夜景を見に行った大文字山や、山道という山道を歩きつくすほど毎週のように出かけた北山の山々でしたが、関西に戻ってきていながら幼い子ども2人と暮らす私は、この懐かしい山々に足を踏み入れる機会も今のところは、なかなかつくれないでいます。

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