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大阪城からラン出勤

午後からの仕事だった本日は、職場の最寄駅から2つ手前の京阪・京橋駅で電車を降り、先日のG20大阪サミットの各国首脳らも訪れた大阪城を通り5キロほどを走って出勤しました。

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大阪城といえばG20の夕食会の際に首相が自らのスピーチで、お城の歴史を説明した際、昭和初期の天守閣の再建に触れ、エレベーターを設置したことが「大きなミス」だったと発言したことから「バリアフリーに対する意識に欠ける」などと批判の声が上がるなど物議を醸しました。

ご本人としては、ちょっとしたジョークのつもりだったようですが、身障者の方などバリアフリーに敏感な人にとってはジョークと笑ってられないという気持ちも理解できます。
ただ、そもそも現在の大阪城天守閣は、外観すら「忠実に復元した」とも言い難いうえ、中身に至っては鉄筋コンクリートの建造物ですから、エレベーターを設置したことはミスでも何でもありませんので、スピーチの原稿を書かれた方が不注意だったと言えるような気がします。

確かに大阪城の歴史は複雑です。
大阪に住む多くの人ですら大阪城は豊臣秀吉が造って、今もその当時の姿が保たれていると思い込んでいますが、実は大坂夏の陣で元の城郭が焼失した後、徳川家が豊臣の城の敷地に大幅な盛り土を施すなどして石垣も積み直し、天守閣も場所を移動して土台から新たに建造したということです。
そしてその徳川の天守閣も明治維新の混乱の中で焼失。昭和に入ってから市民の寄付を募り、今の大阪城天守閣が再建されたというわけです。

しかし、こともあろうに再建の際にモデルとしたのは徳川の天守閣ではなく、夏の陣の絵に描かれた豊臣の天守閣。徳川の土台に豊臣の建物を乗せたというわけで、これは大阪の人の秀吉に対する愛着が強かったことが背景にあるとも言われます。
さらに事をややこしくしたのは、豊臣の天守閣をモデルにしながら外装については上層階のみ豊臣当時の黒を基調としたデザインにしたものの、その下はなぜか徳川風に白を基調としたことです。
そんな複雑な経緯や事情があっての現在の天守閣ですから、歴史を説明するのも大変なわけですが、それでもやはり「忠実に再現」という言い方は語弊があるわけです。

私は以前、鉄筋コンクリートのお城を見せるのは格好悪いと思って外国の友人を大阪城に案内することには気が進みませんでした。
ただ今は、そうした複雑な経緯もまた歴史そのもので、今の天守閣もその荘厳な姿は外国人ら多くの人の心に響くことが確かだと分かります。そして何より、その周囲のお堀や石垣は、まぎれもなく本物の歴史的な遺構であって、それだけでも見る価値があると思えます。

また大阪のシンボルを復興させたいという市民の熱い思いを受けて造られた現在の天守閣は、当時としては最大級の高層建築であり、当初から設置されたエレベーターも極めて斬新なものだったと知ると、これはこれで立派な歴史的建造物と言えるのだと思います。
大阪城と同じく鉄筋コンクリートの名古屋城について、地元の市長が木造での再建をぶち上げ、現在設置されているエレベーターを計画から外すとしていることもまた今回同様の物議を呼んでいますが、その気持ちは分かるものの、やはり今の天守閣がもったいないとも思えてなりません。

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