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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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9回目のコチャン大会

本日は、韓国・全羅北道コチャン(高敞)郡で開かれた第16回のコチャン・コインドルマラソンに9回目の参加を果たし、なんとかフルマラソンのゴールにたどり着きました。
2010年以来、私が旗振り役となって東京夢舞いマラソンとの間で相互交流を続けてきたコインドルマラソンに合わせた現地訪問は、今回が交流開始前の2009年に1人で来たときも含めると10年目となりましたが、一昨年は左ヒザの半月板断裂による故障で応援に回り、4年前は視覚障害の韓国ランナーの伴走としてハーフに参加したことからフルのゴールは8回目です。

とはいえ交流の記録を残したいという気持ちがあるのに加え、以前は両大会の会場で、このところはコチャンの会場で毎年続けているミニ写真展を開くためコインドルマラソンでは写真を撮りながら走り、それに伴い各給水所でマッコリや給食をいただくため基本的にタイムを度外視したファンランです。
しかしフルは真面目に走るものとされる韓国とあって、この大会の制限時間はファンランには厳しい5時間。今回は夏前から続く足のしびれに悩まされ、ろくな練習ができないまま臨んだため、予想通りの「苦しいファンラン」になり、ゴールタイムは5時間2分余りになってしまいました。

それでも記録を取ってもらい、完走メダルもいただきましたので「完走」と言わせてもらえそうですし、極端な練習不足でもゴールにたどり着けたのは、地元の皆さんの暖かい応援とマッコリなどの効果が絶大だったからだと思えます。
とにもかくにも交流担当でコチャンの「名誉郡民」としては最低限の役目を果たせたわけですが、来年はもっと余裕を持って文字通りのファンランを楽しめるよう、なんとか足のしびれを克服して走り込みも積めるようにしたいものです。

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ソウルから約300キロにある人口約6万人のコチャンを訪れる日本人はいまだわずかです。しかし巨石を積んだ青銅器時代の墓「コインドル(支えた石=支石墓/ドルメン)」群が世界遺産に登録され、畑の幸・海の幸が美味しく、映画やドラマの撮影地としても有名な中世の城壁「コチャン邑城(ウプソン)」や名刹「禅雲寺(ソヌンサ)」があるコチャンの観光地としての人気は韓国内では相当なもので、私たちの訪問でも宿の確保がままなりません。
そんな中で今回の滞在では、3泊4日のうち本日からの2泊を韓国の伝統家屋を再現した人気の「韓屋マウル(村)」で確保できましが、土曜となった昨夜の1泊は中心街のホテルを手配してもらいました。

マラソン前の朝食は定番の「コンナムル・ヘジャンクック(もやしスープ)」の店で。
ヘジャンは漢字で書くと「解腸」。お酒を飲んだ翌朝に二日酔い解消のためいただくと良いとされ、今年も昨日の歓迎夕食会でポップンジャ酒などをそれなりに飲んでいたため、うってつけで、コチャン初訪問のユウコさんにも気に入ってもらえたようです。

マラソン会場の「公設運動場」には10時からのスタートに備えて8時半ごろに到着しましたが、昨年の大会と先月の夢舞いをそれぞれ走りながら撮った写真の展示は到着後に始めて30分ほどでやっつけます。
私の写真展をずっと支援してくれている夢舞い・明走会の駆けっこ仲間、雄ちゃんが自ら経営するディスプレー用品メーカーの工場で制作してくれた写真パネルは今回計30枚。昨夜の歓迎会後、裏面の四隅にパネル展示専用の両面テープをホテルの部屋で貼っておき、レイアウトも事前に決めていたため、コチャン側の仲間の手伝いも得てスピーディーに展示できました。

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交流相手のコチャン・コインドルマラソン同好会のユニフォームは、コインドルの時代をイメージした原始人スタイルの手作りウエア。夢舞いで来日してくれた仲間も多い会の主要メンバーは、スタート前に会場のトラックを練り歩いていました(なおトラックの表面がツルツルに光っているのは、本来の表面加工を施し治す補修工事中だったからとのことです)。

夢舞い側の4人のうちハーフに参加したコチャンのリピーター、美酒乱さんは過去4回もさまざまな仮装で大会を盛り上げてくれていて、今回はコチャンの原始人が愛玩するネコをイメージして、コチャンの皆さんと同じようなヒョウ柄のウエアにミュージカル「キャッツ」をほうふつとさせるメイクで登場されました。ちなみにメイクは控え室に使わせてもらう競技場の事務室でユウコさんが美酒乱さんの指示を受けながら腕を振るった作品でした。

韓国ではフルに限らず以前はファンランという考えがなかったようですが、その中では珍しい仮装がユニフォームというコチャンのランナーや、そもそもがファンランのマラニックである夢舞いの影響もあってか、なんと今回は原始人以外にも着ぐるみのランナーが出現していました。

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そう言う私はこれまで、夢舞いの法被があればコインドルマラソンの盛り上げにも夢舞いの宣伝にもなって良いのにと思いながらも、その年その年の夢舞いTシャツを着て参加してきましたが、今回は自らのポカでそれがならず、代わりに3年前の大阪マラソンの記念Tシャツを着ることになりました。

というのは、鮮やかなオレンジ色の夢舞いのスタッフTシャツを持ってきたつもりが、荷造りの際に確認を怠って、ほぼ同じ色のトライアスロンの参加Tシャツを詰めていたことを今朝になって気づいたのです。そして代わりにできそうだったのが下着用にするつもりで荷物に入っていた大阪のシャツ。まあ「夢舞い」のロゴは小さくて見づらいのに比べ、私の故郷で今も住んでいる「OSAKA」の文字は大きく、一緒に走るランナーや給水所で「大阪!」と声を掛けてもらえて、悪くはありませんでした。そうそう、コチャンの交流担当の1人、ジョンマンさんから以前プレゼントしてもらった「コチャン・コインドル」のかぶり物は忘れずに持ってきていました。

足のしびれを軽減しようと、この間ヨガ体操や整骨院通いに励み、ぎりぎりになってわずかばかりの走り込みもしたおかげか前半10キロ手前あたりまでは不思議なほど足が軽く、しびれもあまり感じることなく1キロ5分台をキープして意外にも「快走」。調子をみて先へと進むかどうか決めようと思っていたハーフの折り返し、コインドルの遺跡公園は迷わず通過しました。
しかし、その後はペースがどんどんダウンし、フルの折り返しの中間点ではスタートから2時間10分余りが経過していました。

とはいえ、ここからが交流とマッコリを本格的に楽しむコインドルマラソンの本番です。
折り返しをはじめ各給水所のボランティアの皆さんとは既にすっかり顔なじみになっているため、時間的な余裕があろうがなかろうが、皆さんから笑顔と歓声を浴びて手招きされるまま「各駅停車」しながらマッコリの杯を重ね、写真を撮らせてもらうのが、いわば私の「ミッション」とも言えますので、腹をくくって流れに身を任せ楽しむことにしました。

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それでも30キロ手前あたりからはさらにペースが落ち、マッコリを飲み過ぎたためか腹痛にも見舞われて、本当に制限時間に間に合わないかもしれないという状況に。おかげで終盤はボランティアの皆さんから自分の写真を撮ってもらう余裕はなくなりました。そしていよいよ40キロ手前の自動車専用道路の長い上り坂では、坂が終わるトンネルの手前の200~300メートルほどを歩いてしまって時間内完走は事実上無理になってしまいました。

そんな中、40キロ付近の最後の給水所が近づくと、なんとボランティアの女性2人が両手を振りながら数十メートルも駆け寄ってきてくれ、私の両手を抱えて給水所まで導いてくれました。
シリアスなレースならこれは反則行為に当たるのでしょうが、もはや制限時間には間に合いませんので反則でもかまいません。それより予想を上回る大歓迎を受けて、胸が熱くなるほど感激してしまい、その後の下り坂では足を引きずるように走っていた韓国ランナーから「一緒に頑張ろう!」と声を掛けられて、まさかのスピードアップ。

それでも制限時間は超えましたがゴールは開いていましたし、大音量のスピーカーで話し続けていた会場のMCさんからも「名誉郡民のタツミイクオさん!」「会場ではステキな写真展示もしてくれました!」などとアナウンスをしてもらえ、坂の途中から併走してくれたジョンマンさんと一緒にゲートをくぐることができました。
もちろんほかの仲間たちも出迎えてくれて、真冬並みの寒さだっただけに申し訳なくも思いましたが、ここだけで味わえる幸せな気分にひたることができました。

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ゴール後は競技場の外のテントで暖かい「トックッ(雑煮)」をいただき、温泉で汗を流してさらに暖まって、大会の運営を任されているマラソン同好会の打ち上げに。
私はゲスト代表とあって、今年新たに就任されたユ・ギサン郡守(郡長)の隣に座らせてもらい、何度目かの乾杯のあいさつも頼まれました。何度も来ているのに、あいさつのことは失念していて急に指名されて一瞬とまどいましたが、「5時間を2分オーバーしてしまいましたが、コチャンの皆さんの暖かさに感激しました」という話がネタになって笑いも誘い、それなりにウケていただきました。

郡守さんは以前、鹿児島大学の大学院に留学して修士号を取得されているとあって、日本語が私の韓国語などよりずっと流ちょうでいらして、私が打ち上げ用に持ってきた一升瓶の日本酒も「ああ懐かしい味ですね」と喜んでくれていました。

コインドルマラソンを走りながら撮るなどした「走った!撮った!コチャン・コインドルマラソン」は帰国後に掲載しますが、前回のようにほぼ1年遅れという失態がないようにできればと思います。
そういえば昨年12月の奈良マラソン、今年2月の京都マラソンの写真アルバムも未掲載で、せっかく撮らせてもらった写真が腐ってしまいそうです。今シーズン、両マラソンにいずれも落選したのは、その罰のようにさえ思えますが、こちらもなんとか丸1年が過ぎる前に掲載を進めることができればと考えています。
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