FC2ブログ
“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

最新トラックバック

カレンダー

11 | 2019/12 | 01
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

月別アーカイブ

FC2カウンター

全記事表示リンク

平成時代さようなら

天皇退位と新天皇即位、それに伴う改元に合わせて世の中は10連休の真っただ中ですが、私は昨日から5連勤に入り、平成最後なった本日も昼過ぎから夜まで仕事でした。
またうすら寒くぐずついた天気が続くためロードバイクに乗っての自転車通勤で平成を締めくくることもできず、帰宅時に撮った写真を掲載しておきます。

BL190430平成最後の夜1IMG_3176  BL190430平成最後の夜2IMG_3177  BL190430平成最後の夜3IMG_3181

ビジネス街のど真ん中にある職場の周囲は昼夜とも人や車はまばらで、職場から京阪電鉄・北浜駅に向かう途中にあるレストランも、いつもならテラスまでにぎわっているのに閑散として開店休業状態。
電車もガラガラで余裕で座ることができました。

そして最後の1枚は、玄関先で我が家を見上げて撮った写真。
最寄駅からの夜道も寂しかったのですが、子どもたちのいる温か家が待ってくれているだけで、10連休の最中に仕事をして、いつも以上に感じる疲れも軽くなるというものです。

振り返れば平成がスタートしたのは入社4年目、地方勤務2カ所目の仙台に赴任していたころで、平成時代は、来年定年を迎える私の会社勤め時代とほぼ重なります。
とはいえ、いまだに西暦の何年が平成何年になるかという計算をすることはできず、自分の出来事も世の中の出来事も西暦では何年だったかを記憶していても、それが平成何年だったかを意識することはないままでした。

それを思うと、私にとって元号を使っていたのは戦争をまたいで多くの歴史的出来事が元号とともに記憶され、かつ西暦との間の「換算」も比較的簡単だった昭和まで。今回の改元は仕事上では重大な関心事ではあるものの、自分にとっては、さほど大きな意味を持つものとは思っていません。

思い起こせば昭和の最後のころは天皇のご病状が毎日のニュースとなり、異変をキャッチするための取材として、皇族などの車の出入りなどをチェックするため、皇居の各門の前に多くの記者が寒空の下24時間詰め続けました。
地方勤務だった私にもその「門番」の仕事が回ってきて、地元での取材も年末年始の予定もすべてほったらかしてクリスマスから休みなしで過酷なシフトをこなすことになりました。

新年は半蔵門の屋外で迎え、東京タワーのライトアップが変わりゆくのを、凍えながら寂しく眺めていました。
「こんなばかげたことのどこが取材なのか」と若輩の記者として疑問に思ったものの、それを口に出すことははばかられ、そのときに天皇をいただく制度の不条理な部分を実感したものでした。

そして「こんなことがいつまで続くのか」と思い始めた1月7日、やはり半蔵門で寝ずの門番をしていた際に昭和天皇崩御の瞬間を迎え、皇族の方々の車が次々に皇居に入っていくのを目の前で見て、そのナンバーや社内に誰がいたかなどを連絡する仕事をこなしました。
その昭和最後の日は夜通しの勤務だったため早い時間に解放され、そもそも門番の仕事そのものがお役御免になったため、期限が決まっていなかった出張も終わって、確か平成初日の翌日に仙台に戻ったように覚えています。

そう、生前退位が実現して、ずっと前から予定されていた今回の改元と違い、昭和から平成への改元は遠からず訪れると皆が分かっていたものの、それがいつになるかは誰にも分らないまま突然に訪れました。
そして今回、新しい時代を迎えることをほとんどの人が祝い事として心待ちにしているのとは対照的に、天皇崩御の報に多くの人が悲しみに暮れ、世の中全体が喪に服して自粛ムードに覆われました。

その日の風景を目に焼き付けておこうと仕事を離れた私が皇居前を再び訪れると、多くの人が記帳をしようと集まってきていて、夕方に銀座に向かったところ、日本で最高にきらびやかなネオンがほぼすべて消え、田舎町のように真っ暗になっていました。

「お国のため」「天皇陛下のため」と国中が総動員されて戦争に突き進み、何百万人もが戦地での戦闘、空襲や原爆で命を落とした悪夢のような時代を経て、現人神であり国の元首から象徴へと役割を変えながらその務めを全うされた昭和天皇の崩御は、いろんな意味で1つの時代を画する一大事だったというわけです。

それに比べるとやはり今回の改元は、同じ代替わりで時代が新しくなるとはいうものの、昭和が終わった時に比べると衝撃的な出来事ではなく、平和の中で多くの人が明るく新時代を祝うことができるのは幸いですが、10連休の半分を仕事する身とすれば、どこか他人事のような感じがして、冷めて受け止めてしまう自分に気づきます。

ただ、とはいっても、平成の時代は日本こそ戦争に巻き込まれることはなかったものの、世界全体の平和や和解とはほど遠いままの状況が続き、国内では大きな災害が続きました。
そして、その被災地を慰問される天皇の姿が平成を振り返るニュースなどを見るたびに思い起こされ、退位される天皇がいかに象徴としてのご自身流の在り方を模索、実践されてきたかが分かります。今の天皇制の是非について論議もあるとしても、そのことについては頭が下がる思いがするばかりです。

また、「天皇の戦争責任」という言葉を普通に使い、真剣に考えた世代の私にとって、昭和天皇ができなかった戦地の慰霊訪問をされたことも平成天皇が昭和の時代のけじめを自らつけようと努力された真摯なお気持ちの表れだと思えます。
だからといって、今回の代替わりによって、いよいよ昭和の時代や戦争の記憶が過去へと葬り去られるものではなく、歴史は歴史としてその陰の部分も理解し、それを踏まえながら新しい時代を迎えたいものだと思うわけです。
スポンサーサイト



コメント


管理者にだけ表示を許可する