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黒井峯から上野村へ

定年を前に、初任地の群馬県で世話になった方々を訪ねる旅の2日目となった本日は、火山噴火による軽石に古墳時代の村が埋もれた跡が見つかり、日本のポンペイと呼ばれた渋川市の黒井峯遺跡に立ち寄った後、日航ジャンボ機墜落事故の現場となった上野村にやって来ました。

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榛名山の噴火により短時間で積もった軽石に埋もれ、当時の地表面ばかりか建物の壁や垣根といった立体的な遺構までもがパックされた形で見つかった黒井峯は、私が群馬に赴任した1980年代半ば以降の考古学界で最も注目を集めた遺跡の一つです。
初めは全国紙の元旦紙面で大きく取り上げられましたが、その後は少年時代に考古学ファンで大学でも歴史学を選考した私が足しげく通った結果、節目ごとの成果を他のマスコミをリードする格好で書き続けることができました。

黒井峯は、昨日紹介した高崎映画祭とともに事件事故取材の合間に通ったいわば息抜きの場所の一つだったわけですが、立体的に残った遺構を上から流し込んだ樹脂で固めて断面をそのまま取り出す方法を「立体発掘」と名付けるに当たって担当者と一緒に私も話し合いに加わるなど、ここでも仲間の一人にさせてもらっていました。

忘れもしないのは、ある日の朝、詰めていた県警記者クラブに出勤する前、発掘作業をされていた地元の女性から私の家に電話があり、「辰巳さん、すごい物が出たからすぐ見にいらっしゃい」と伝えてもらったこと。駆け付けてみると水晶とヒスイでできた見事な首飾りが発掘されたばかりで、私がカラー写真付きで送った記事はその翌日、地元紙などに大きく掲載されました。本日、市の文化財展示室を訪ねたところ、まさにその首飾りがガラスケースの中で輝いていて、感慨がひとしおでした。

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その懐かしの黒井峯遺跡を訪ねた会ったのは、発掘の成果を報告書や書籍にまとめ、今も市の文化財調査委員を務められる石井克己さんと、彼と一緒に調査を中心になって進められた市中央公民館勤務の長谷川福次さん。
お二人とは昨夜の前橋に続き、遺跡に近い渋川市内のイタリアンレストランで食事をするなどして、その後の発掘・研究の成果や今の県内・市内の様子などをあれこれとうかがいました。

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そして渋川を背に一路向かったのは長野県境に近い山間地域の上野村です。
ただ、渋川を出る前にもう1カ所立ち寄ったのは、つい最近まで30年間にわたって乗り続けた愛車ジムコを購入した遺跡近くのバイクと車の店、池田モーターズ。80代にしてハーレーダビッドソンのバイクを乗られるご主人の伸也さんは、かつて私がカンボジアに赴任した際、ジムコを1年数カ月にわたり引き取って保管してくれるなど世話になっていました。残念ながら今回、以前のように事前の連絡なく顔を出したところ、ご本人は健康診断のため留守中でしたが、上野村に向かう山道でレンタカーを運転していた際に電話がかかってきて「会いたかったなあ」と話してくれました。

上野村では、墜落事故当時、私の勤める通信社が拠点に使わせてもらった特産品販売施設の管理人で、今や村農協の組合長をされている黒沢清隆さんやそのご家族、施設で働いてられたチエコさんと、清隆さんが予約してくれた旅館の座敷で一緒にささやかな宴会を開かせてもらいました。

清隆さんとは、事故から20年の15年前、慰霊登山を映像取材した際にご自宅のコンピューターと回線をお借りするなどしていましたが、チエコさんとは高崎映画祭の百ちゃんと同じく30数年ぶりの再会でした。
ただ、私は群馬を離れる際、お世話になった百人近くの方々にあいさつ回りをすると同時に一人ずつの写真を撮らせてもらったうえ、自ら大きくプリントしたそれらの写真を次の赴任地だった仙台からお送りしていて、なんとチエコさんは大事にとっていたその写真を本日の宴に持ってきてくれました。
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