FC2ブログ
“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

最新トラックバック

カレンダー

05 | 2021/06 | 07
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 - - -

月別アーカイブ

FC2カウンター

全記事表示リンク

世界遺産古墳巡り2

月に5、6回もの宿直をこなしながら6日間に2日ほどのペースで休日があった定年までの仕事に比べ、ほぼカレンダー通りとなった今の仕事は泊まり勤務による体のダメージが少なくなった一方、平日に休まないまま頑張るペースにまだ慣れません。1週間の途中で息切れしそうになるわけですが、それでも今週は月曜が休日だったおかげで何とか力尽きる前に週末を迎えることができました。
まあ、大阪に戻ってきた7年前までの10年ほどはやはりおおむねカレンダー通りに仕事をしていたわけで、そのころを思い出しても結局のところ人並みの規則正しい生活の方が体は楽なはずで、実際このところは昼間に眠たくて仕方がなくなることがなくなり、やはり60代に突入した私にとっては、この方が合っているのでしょう。

本日も昼休みに少しばかりウオーキングをして写真も撮りましたが、それは撮り置いておくことにして、まずは5日前に駆けっこ仲間と世界遺産の古市古墳群を巡ったマラニックの写真を掲載していきます。
当日の集合写真を紹介した際のタイトルが「世界遺産古墳巡り1」でしたので、本日分はその2となり、最終の5回目まで計48枚を掲載する予定です。

BL201122古市古墳群2-4IMG_0199 BL201122古市古墳群2-2IMG_0192 BL201122古市古墳群2-3IMG_0197

近鉄南大阪線の土師ノ里駅をスタートして、ランチ休憩をした二つ先の古市駅までの間は古市古墳群の主だった古墳の多くがまさに数珠つなぎ状態で密集している地域。私たちはその八割がたを巡り、写真もそのときどきに撮っていますが、古墳の形が一目で分かる空撮をしたわけではありません。そのため網羅的にお見せしても単調になってしまいますので、比較的分かりやすく印象的な風景をつまんで紹介します。

駅前の允恭天皇陵古墳、鍋塚古墳を過ぎて訪れたのは古市古墳群で3番目に大きい墳丘長245メートルの仲姫命(なかつひめのみこと)陵古墳。仲姫命は、この古墳群で最大の誉田御廟山古墳に埋葬されているとされる応神天皇の皇后。世界遺産を構成するもう一つの百舌鳥古墳群にある世界最大の大山古墳の「主」とされる仁徳天皇の母に当たります。
この古墳の墳丘は中世に城郭として利用されたことから本来の姿を大きく失っているとされますが、それでも前方後円墳の台形の角から見ると、その壮大な姿に圧倒されます。

仲姫命陵古墳のわきにある沢田八幡神社は境内のそばを近鉄の線路が通り、参道の途中に踏切が設けられています。

BL201122古市古墳群2-1IMG_0191 BL201122古市古墳群2-5IMG_0202 BL201122古市古墳群2-6IMG_0203

仲姫命古墳のお濠の角に接するもう一つのお社・古室八幡神社の本殿の端の壁には、昭和36年に寄進によって完成した旨を記す石版がはめこまれています。
そして奉納したとされる「松井幸三郎」さんは、なんと今回のマラニックをご夫妻で企画してくれた私の中高の同級生・由佳さんの「おじいちゃん」。確かに地元・藤井寺出身の由佳さんは旧姓が松井さんで、社殿が奉納されたのは彼女が赤ちゃんのときでしたが、ご本人はその事実を今回のコースを下見するまでご存じなかったとのことです。

BL201122古市古墳群2-7IMG_0212 BL201122古市古墳群2-8IMG_0207 BL201122古市古墳群2-9IMG_0209

私たちが次に向かったのは、仲姫命陵古墳と前方部をつき合わせるようにして並ぶ墳丘長150メートルの古室山古墳。
まばらに雑木が生えるだけで草に覆われたこの古墳は、二つの高まりが連なる前方後円墳独特のなだらかな稜線のカーブが手に取るように見えるうえ、古墳としては珍しく、その頂上まで登ることもできます。
古墳の姿に魅せられていた小学校時代の私なら、さぞかし歓喜して長い時間ここにとどまっていただろうと思えます。

古墳の多くは天皇陵や陵墓参考地として宮内庁の管理下に置かれ、一般の人が立ち入ることはおろか発掘などの調査さえ厳しく制限されて、ほとんど行われていないのが現状です。
お墓という性格上、ある程度立ち入りが制限されるのは仕方がないでしょうし、それによって文化財としての価値が保全され、墳丘を覆う豊かな森が維持されているのも事実です。

ただ、実際に天皇や皇族が埋葬されているかどうかも定かでないまま一律に宮内庁が管理していることのマイナス面も指摘されます。つまり、学術的な調査も阻まれることで文化財としての正確な価値を確かめることすらできず、緑多い地域の環境をつくっているとはいえ、多くの人がその自然に触れることを許されないからです。
百舌鳥・古市古墳群が住宅地の中にありながら、そんなふうに多くの古墳が「聖地」として住民らを遠ざけるようにされてきたことが、世界遺産登録に向けた運動や、登録後の古墳群をテコにした地域振興の動きが今一つ盛り上がってこなかったことの背景にあるようにすら思えます。

まあ、古墳をむやみに発掘しまくることが決して正解ではないことは、かつて飛鳥の高松塚古墳の極彩色の壁画が、あっという間にカビまみれになり色あせてしまったことを思い出しても分かりますが、この古室山古墳がこうして住民らの憩いの場になっているのはすばらしいことで、これでこそ多くの人が古墳を身近に感じることができるのだと思います。
スポンサーサイト



コメント


管理者にだけ表示を許可する