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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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県都前橋生糸の市1

既に1カ月以上前のことになりますが、還暦の誕生日・定年と継続雇用の身分での再出発を前に初任地の群馬県前橋市などを訪ねた旅行の際に撮って撮り置いていた写真の残り分を順次掲載します。

まずは旅行4日目の10月29日、前夜に旧知の懐かしい人たちと酒宴を開いた翌朝にJR前橋駅前のホテルから市の中心部をジョギングして巡った際の写真です。
タイトルの「県都前橋生糸の市(けんとまえばしいとのまち)」は知る人ぞ知る群馬のご当地かるた「上毛かるた」の「け」の読み札の言葉。そう、世界遺産に登録された「日本で最初の富岡製糸(場)」を抱える群馬の県庁所在地・前橋も生糸の生産地として発展し、私が赴任した35年前にはまだ、郊外に出ると桑畑が延々と続き、大きな木造建物の2階部分にカイコを飼う養蚕農家を見学させてもらったこともありました。

そんな前橋の中心街ですが、当時は町外れに住んで県内を広く車で移動しては取材をしていた私は、県警察本部の記者クラブには毎日出て行き、飲み会があると繁華街に繰り出していたものの、県都の歴史をしのばせるような名所を散策して巡るような機会はありませんでした。
そんなことも思いながら、既に当時とは様変わりした場所もありましたが、自分にとって懐かしくもあり新しくもある街を新鮮な気持ちで走りました。

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群馬での1泊目と3泊目に利用したホテルは駅前のケヤキ並木に面していました。
会社の支局が間借りしていた上毛新聞社は、前橋駅から1つ高崎・東京寄りの新前橋駅前にあり、自分の住んでいたハイツもそちらが近かったうえ、繁華街も通りの先の上毛電鉄・中央前橋駅の周辺にありましたので、当時この並木を歩く機会はさほどありませんでした。唯一なじみだったのはアウトドア系のウエアを扱う店で、通りに面してありましたが、そこも車で出かけていましたし、今や影も形もありません。

それでも、以前よりずっと茂って立派になった街の玄関口のケヤキ並木は3年間の思い出とともに懐かしさを感じました。
調べてみると、ここのケヤキが植樹されたのは70年前。私がいた頃に比べ樹齢が2倍になっているわけで、その木陰が大きくなったのも当然のことです。

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ケヤキ並木を抜けた後は、人けの少ない繁華街をジョギング。
通りの雰囲気はどこか懐かしいものの知った店はないと思いきや、見覚えのある中華料理店に出くわしました。ここは記者クラブの飲み会などで2、3軒回った後「締め」にラーメンや餃子をいただいた店で、酔っ払って頭ももうろうとしていたはずですが、なぜか湯気の立つ料理が美味しそうに見えた瞬間の光景がよみがえってきます。

その先にあった韓国食材などを扱う店は、当時はまだありませんでした。
前橋に赴任して最後の3年目に、当時まだ軍政が続き夜間外出禁止令も出ていた韓国に一人旅で初めて出かけた私は、ケヤキ並木の近くで在日のお兄さんが開いていた焼き肉屋には時々出かけていただけに、こんな韓流の店があればやはり通っていたかも知れません。

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繁華街の先にあるアーケード商店街は「オリオン通り」。
ここに通うことはありませんでしたが、記者クラブのご用達だった中央前橋駅近くのカラオケスナックで覚え、その後に自分の十八番の一つとなった「前橋ブルース」の中にはこの通りの名前が出てきます。
「オリオン通りで見る夢は あなたと二人の1DK」という、当時2DKに住んでいた私が既に時代を感じたフレーズですが、ふと口ずさんでしまいました。

高校生たちが自転車で通り抜けていたアーケード街は「中央通り」。
この名前は長らく口にすることなどありませんでしたが、ひょいと頭に浮かび、確かに正解でした。

そしてこれまた知る人ぞ知る地元百貨店「スズラン」の前も通りました。
戦後、繊維関係の卸・小売店として開業したというスズランは、私の離任後間もなく、もう一つの百貨店「前三」が閉店したことから唯一の地元百貨店となりました。その後、再開発ビルに移転するという話も聞きましたが実現せず、やはり閉店した隣接の丸井前橋店を買い取って新館としたものの、本館の姿は見覚えのあるものでした。
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