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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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梅雨2日目の大阪城

例年より3週間も早い梅雨入りから2日目となった本日は、朝のうちに雨が降り電車通勤を余儀なくされましたが、昼休みには雨が上がったため運動不足を取り戻すべく曇り空の下、大阪城をジョギングしてきました。

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コロナの緊急事態宣言に加え、月曜の昼の雨上がりとあって、大阪城公園はいつも以上に閑散としていて、天守閣を正面から撮った写真には誰一人写っていません。
内濠に架かる極楽橋を渡って最短ルートで天守閣に向かうと、その手前に大きな石がゴロゴロと転がっているのは「刻印石広場」。これらの石は、お城の石垣を築くため徳川幕府に動員された69の藩の大名らが自らの家紋などを刻んだもの。周辺の川筋から見つかったり、石垣を修繕する際に不要となったりした石だということです。

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天守閣のある本丸を抜けて再び内濠の外側に出て通ったのは、室町時代に浄土真宗・本願寺派の礎を築いたとされる蓮如上人を顕彰する石碑のある場所。「南無阿弥陀仏」の文字は蓮如の直筆を基に刻んだということです。
蓮如上人は京都の山科本願寺を興したのに続き、その後に教団の本拠地となる大阪の石山本願寺も建てたとされます。石山本願寺は織田信長との戦いに敗れ、その跡地に豊臣秀吉が大坂城を築き、さらに豊臣を破った徳川が古い城を埋め立てて今の大阪城の基を築いたわけです。石山本願寺のあった地点がどこかは定かではありませんが、この石碑は「蓮如上人袈裟懸けの松」が生えていた場所だと伝えられています。

といった話を最近になって知った私ですが、しばらく前にも石碑を撮った際には、その松がどこに写っているか分からず、本日もう一度見に来てみたのです。すると、石碑の裏側には確かに小さな松の木が植えられてはいますが、これが伝説の松であるはずはありません。そしてさらに探してみると、屋根の付いた井戸のような石の囲いの中に松の根っこが横たわっていて、これが件の松の根だということでした。

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今月9日に出場を予定していながらコロナで中止となった大阪城トライアスロンのスイム会場である東外濠は、鈍色の空を映した水を満々と湛えていました。
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