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奥三河の「花祭り」を満喫1

現在は9日午後ですが、8日中に記事をアップすることはできず、後ほど処理をいたします。
といいますのも、本日午後までほぼ一昼夜にわたり、愛知県東部の奥三河に伝承される民俗芸能「花祭り」を仕事を兼ねて鑑賞する機会に恵まれ、余裕がなかったためです。

この「花祭り」行きは半ば仕事で半ば休暇という変則的なイベントで、私のメーンの仕事は映像と原稿。
従って、写真はそれら取材の合間のプライベートな時間に撮影したものですから、個人のサイトへの掲載は特に問題ないものと考え、それらの写真を8日、9日と分けて掲載できればと思っています。

さて、先に写真のみを掲載しましたが、何が写っているのか、興味を持ってくださった方もいるでしょう。
ということで、ようやく本文にとりかかりたいと思います。

「花祭りを見にいかないか」と職場の上司から年末に声をかけてもらった際に、お恥ずかしながら私は、その祭りがどんなものか、全く知識がありませんでした。
しかし少し勉強してみると、なかなか興味深く、地元・愛知についてより理解するためにも、仕事抜きでもぜひ行ってみたいと喜んで計画にのることにしました。

花祭りは毎年11月から3月にかけて、愛知県東栄町とその近隣町村の計15カ所で次々に行われます。
おおよそのスケジュールは午後の早い時間から夕方にかけて数々の神事がとりおこなわれ、それに続いて若者や子ども、それに鬼の面を着けた舞い手などによる様々な舞が、次々に夜を徹して披露され、それらを合わせるとまる一昼夜にもおよぶという壮大な祭りです。

冬至の前後に太陽の力の復活を願って行われる「霜月神楽」の一種で、宮崎県・高千穂地方の「夜神楽」と似かよっています。実際、既に世界遺産に登録された高千穂の神楽と同様に、花祭りも登録を目指す動きがあります。

花祭りの起源は、遠く鎌倉時代末期から室町時代までさかのぼり、初めは加賀・白山の聖(ひじり)や熊野の山伏が伝えられたとされ、その後に伊勢神楽や諏訪神楽なども取り入れながら、400年ほど前に今の祭りの原型がつくられたということです。

前置きはこのあたりにしますが、とにかくそんなディープな民俗芸能が、大都会・名古屋を抱える愛知県内に伝承され、生活の中に息づいているということ自体が、なんとも驚くべきことだと思います。

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今回の花祭りツアーに参加したのは職場の上司と私の会社と関連のある会社の先輩お2方、それに職場の美人敏腕カメラウーマンの計5人です。

私たちは、名古屋からJR東海道本線の新快速に乗って豊橋まで行き、単線のローカル路線である飯田線の2両編成のディーゼル列車に乗り換えて、東栄に向かいました。
列車の先頭部分は、両側のドアと座席わきにそれぞれロープが張られ、「荷物室」が設けられていました(左)。

渓谷沿いを走る列車の窓からは川底が見えるほどの清流の眺めも楽しめ、さっそく「お神酒」をくみ交わして豊橋で買い込んだ弁当を広げる先輩たちの様子は、まさに「大人の遠足」。
2時間足らずの乗車でようやく到着した東栄駅は、駅舎が鬼の面をモチーフにしていて笑えます(中央)。
しかも、その色づかいが列車と似せてあるところも、なかなか凝っています。

駅前からは乗車料金が100円で、バス停以外でも自由に乗降できるローカルの小型バスを2台乗り継いで目的地の下粟代地区へ。もちろん、花祭り会場に「一番近い所」と頼んで降ろしてもらいました。
朝の9時半ごろに名古屋で電車に乗りましたが、会場の集会所に到着したのは祭りの神事が始まる約1時間前の午後1時ごろ。
これほどの「山奥」だからこそ、こうした昔ながらの民俗芸能が残されているのでしょうが、当然のことながら、この地域は過疎高齢化の問題を抱え、花祭りも深刻な後継者難に直面しています。

一昼夜にわたる花祭りですが、午後2時ごろから夕方までは、どちらかと言えば地味な数々の神事が会場の内外でとりおこなわれます。
なかでも珍しいのは、その後の神事で使う神聖な「お瀧(たき)の水」を谷川で汲んでくる「瀧祓い」という神事ですが、これは映像取材の仕事中で、写真はありません。

右の写真は、その後に会場前の駐車場で行われた「辻固め」という神事の様子。
八百よろずの神々を招いて祭りを行うに当たり、邪魔ものが入り込まないよう「結界」を張るための儀式です。
オレンジ色の衣装の年配男性は、祭りをとりしきる神主に当たる「花太夫(はなだゆう)」、青い衣装の3人は補佐役の「宮人(みょうど)」。
この地区の花太夫さんは、神社の方ではありませんが、この役目を約50年も務めてられます。

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舞などが行われる集会所の土間は「舞庭(まいど)」と呼ばれ、その中央には茶わんを伏せたような形の「竈(かま=かまど)」が設置されています。
そして、舞に先立つ神事のクライマックスとなる「湯立(ゆだ)て」では、お瀧の水も加えて、かまどで沸かした湯を神に献じる儀式が行われます(左)。

舞に付き物であるお囃子の太鼓や笛は、花太夫や宮人の方々も演奏します(中央)。
本格的な舞が始まる前には、宮人らによる舞も披露されます(右)。

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本格的な舞の一番手は若者による「市(いち=一)の舞」(左)。
静と動の緩急が印象的で、特に、のけぞった格好になる(実はそのあと片足を後ろにはね上げます)決めのポーズは、フィギュアスケートの荒川静香選手による「イナバウアー」を思わせる格好の良さです。

それに続く舞の「地固め」は若者が2人1組で舞うもので、舞庭を踏み固める意味があるとのこと(中央、右)。
若者たちは皆がイケメンで、真剣に舞う姿が凜々しく、こんな様子が広く知れると、都会の若い女の子たちが殺到しそうですが、残念ながら凍えるような寒さの山村まで来て徹夜で祭りを楽しむ観客はカメラマニアらが中心で、まださほど多くありません。

右の写真では若者らに交じり、酒のとっくりを持つなど、いかにも酔っぱらいの男性が2人写っています。
表に面した戸が取り払われた集会所の舞庭に、このお2人が「乱入」してきたときには、そのスジの方が乗り込んできたのかと思って冷や冷やしました。

といいますのも、お2人は初めから、ろれつが回らないほど出来上がっている様子で、竈のフタをテーブルの代わりにして「立ち飲み屋」よろしく次々に杯を重ね、やじったり囃子の掛け声に口をそろえたりするのです。
ところが次第に分かってきたのは、こうした人らは観客の笑いを呼び起こすなどして舞庭を盛り上げる役目を担っているということです。
舞庭の「立ち見席」は「セイト」と呼ばれ、彼らは「セイト衆」という立派な祭りの「構成要素」なのです。

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舞のなかで「花形」ともいえるのが、小さな女の子たちによる「花の舞」です(写真)。
花笠をかぶって舞うことから「花笠の舞」とも呼ばれているこの舞いは、日付けが変わり祭り2日目の未明になって披露されます。

花祭りは、かつて「女人禁制」で行われ、今も舞い手をはじめ運営サイドの地元の人たちは男性ばかりであるなか、この花の舞だけは子どもとはいえ女性によって舞われます。
ピンクが目立つ色鮮やかな衣装の女の子たちが舞庭に登場すると、祭りの場がぱっと華やぎます。

女の子たちは3人1組になって舞います。
右手には鈴を持ちますが、左手に持つ扇や盆、それに湯桶は、成長とともに持ち変えるということです。

過疎高齢化が深刻である山間地・奥三河の花祭りにとって、後継者不足が深刻だと先にお書きしたとおり、約20戸・50人ほどの下粟代地区には花の舞を舞うだけの女の子はおらず、ほとんどの女の子らが花祭りを開けなくなった地区など近隣から「応援」に来てくれているそうです。

地元保存会の会長さんは「協力してもらえるのはありがたく、たのもしい」と話されています。
至近距離から撮影する私や他のアマチュアカメラマンなど気にもとめず、真剣な眼差しで舞う女の子たちを見ると、花祭りの保存に向けた地域ぐるみの努力が実を結んでいるのが分かります。

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花の舞を舞う女の子たちを見守る地元の人たちの眼差しは温かく、3日間にわたる稽古の指導に当たったとみられる人たちは、女の子たちの衣装の乱れを直したり、手をとって舞い方を教えたりしていました(右)。

舞いほとんど休みなく延々続きますが、夜も更けてくると眠たさや寒さとともに空腹感にも襲われます。
夕方、受け付けで3000円以上の心付けを渡した際、いなり寿司とワンカップの酒の「夕食」とともに「夜食」用の食券を受け取っていて、それを厨房に持って行くと、今度は、けんちん汁と熱燗の酒を奥の座敷でいただくことができます(左)。

それまでぶっ通しで見物し、夜食の時間が遅くなったことから、けんちん汁は煮詰まっていましたが、それでもお腹がほっとする感じです。
そして、あつあつの酒は、とっくりに満タンに入っていて、これまた体中にしみわたりました。

祭りの一番の「出し物」である鬼の登場は、さらに夜が更けてからで、その前に余興のような感じで登場した若者たちの舞は、アップテンポで目をさましてもらいました。
若者たちが額に巻いた太いはちまきには「彼女募集中」「○○製材よろしく」「祝新築」などの文字が書かれていて、吹き出しもしてしまいました。
(「奥三河の『花祭り』を満喫2」に続く。)
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