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布川の花祭り1

今月5日から6日にかけて愛知県・東栄町に出かけ、1月に続いて見た民俗神事・芸能「花祭り」の様子を、地震による長いブランクがありましたが、本日から3回にわたって掲載します。
地震と津波による被災地の困難な状況は10日たっても、あまり変わっていませんし、原発のトラブルによる放射能汚染への心配も収拾するメドは立っておらず、世の中は依然として非常事態のままです。

しかし、だからといって、ずっとふさいでいても仕方がないような気もします。
そこで、本日はようやく「自粛」を解いて、せっかく撮影した楽しい写真を掲載することにしたというわけです。

実は、花祭りについては仕事の記事も書くつもりでいますが、こちらはタイミングを見計らっています。
かといって一応プライベートで出かけた今回の花祭り行きで撮影した多数の写真を、いつまでも腐らせているわけにもいかず、その整理・編集をする意味も込めて、まずブログの作業に着手しました。

1月8日と9日の記事で説明していますが、花祭りは東栄町とその近隣町村の15カ所の集落で、11月から3月にかけて行われています。
そのなかで、今回出かけた布川地区はシーズン最後の祭り。1月の下粟代地区は最後から2番目でした。

これも先にお話しましたが、この布川地区の花祭りでは過疎・高齢化によって足らなくなった舞の「舞い手」を名古屋市の中学生が努めるという形で、花祭りの存続を目指した山村と都会との交流が続いていて、今年で5年目を迎えています。

一昼夜にわたって神事や様々な舞が繰り広げられる花祭りは、それ自体がパワーあふれるイベントですが、これに中学生たちの元気も加わり、今回もほぼ徹夜をして体力的にはきつかったものの、たくさんのパワーをもらえたように感じました。
こんなご時世だからこそ、そのパワーの一部でも発信できればと思うのです。

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花祭りの基本的なプログラムは1日目の昼過ぎから夕方にかけて数々の神事がとり行われ、それに続いて、様々な舞が夜通し繰り広げられるというものです。
神事の部分を割愛する地区もあるなか下粟代も布川も、神事も含め伝統的な形を保っているとのことです。

しかし私自身は今回、現地に着いたのが夕方近くで、神事の多くを見ることはできませんでした。
かろうじて見ることができたのは、集会場の土間「舞庭(まいど)」の中央に設けた「かま(ど)」で、神聖な水をわかし、神々に献上するための儀式「湯立て」の神事(左)。
儀式をとり行った花祭りの神主に当たる「花太夫」の尾林良隆さん(写真の左)は布川の花祭り保存会長で、都会との交流でも中心的な役割を果たされ、中学生たちに対するの舞の出張指導もなさっています。

舞い手としてやってきた名古屋市内の中学校のクラブ「太鼓踊り部」の生徒らは出番が深夜になることから、夕方には近くにある宿泊用の別の集会所で、くつろいでいました。
クラブにとって、唯一の合宿形式の遠征とあって、生徒たちは、ウキウキしてはしゃいでいました。
食事のあとに始まったのは「王様ゲーム」(中央)。

ゲームの罰則は「一発芸」で、写真に写っているのはOBのお姉さん(右)。
時計の格好をして「12時!3時!9時!」とやったあとに、「落ち」は「ハニワ!」でしたが、写真は「9時」しか撮れませんでした。

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下粟代の若い男性の舞い手たちもイケメンぞろいでしたが、布川の舞い手も負けてはいません(左)。

一方、年配の舞い手が目立ったのは、下粟代とは異なるところ(右)。
下粟代に比べて布川の舞は、激しい動きが少ないことから、若者だけでなくてもこなせると聞いています。

さらに、子どもだけでなく「お姉さん」以上の女性が舞うのも、布川ならではで、美人ぞろいの舞い手が並ぶと舞庭が華やぎました(中央)。
(これも前回に説明しましたが、舞庭の舞い手の周りには、はやし立てたりかけ声を出したりする「セイト衆」や観客らが立ち、彼らが飲んだり、舞い手に飲ませたりする酒のパックやコップが、かまの上に置かれています。
私も「写真ばっかり撮ってないで飲め飲め」と勧められて、手がふさがるために一気飲みを続けているうちに酔っ払いの仲間入りをしていました。)

元来「女人禁制」だった花祭りの決まり事を破って、祭りの存続のため、初めて女性にも参加してもらうことにしたのは、尾林さんの「先代(父親)」だったということです。
当初、他の地域からは非難する声も上がりましたが、その後、小さな子どもによる「花の舞」は、女の子が舞うことが一般的になりました。

「肝心なのは神事の方」とおっしゃる尾林さんも、舞で女性や他の地域の舞い手を受け入れることは、祭りを存続させるためには必要なことだと考えてられます。

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中学生たちが舞った「三つ舞」に先だち、10歳以下の女の子による「花の舞」が披露されました(左、中央)。
舞の途中、お父さんらしい男性から衣装を直してもらっていた女の子は、うれしそう(右)。

親子など世代のつながり、地区の中や近隣地区とのつながり、そして新たに都会との交流という人と人との「きずな」によって、数百年の伝統を誇る貴重な神事・芸能である花祭りは存続の道をさぐっています。
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