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布川の花祭り2

本日もカレンダー通りに休みをいただきましたが、大震災で被災した方や被災者を支援する方には休みなどなく、避難している方たちには安らぐ場所すらないのだということを思うと、何もできない自分の心も安らかでありません。

それでも、申し訳ないという気持ちを抱きつつ食べたい料理をつくって美味しくいただき、お酒もいただいて、自宅でやるべき仕事を少しだけ進めるなど、平穏な1日を過ごさせてもらいました。
夕方には、名古屋駅近くで買い物があれこれとあったため、ジョギングで出かけました。
その途中、名古屋市の中心街・栄の街頭で、学生さんたちが被災者支援のため赤十字社に送る募金を呼びかけているのを見かけて、わずかばかりの募金をしてきました。

そして昨日に続き紹介する記事の内容は、地震とは関係のない奥三河・東栄町の布川地区の花祭りです。
第2回目の本日は、いよいよ花祭りのシンボルである鬼が登場。
さらに、今回の花祭り行きのメーンのイベントである名古屋の中学生たちによる舞の様子を紹介します。
(写真の説明などは、追っていたします。)

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花祭り会場の神聖な舞台である土間「舞庭(まいど)」では、夕刻から続いた様々な舞いに続き日付が変わるころ、ようやく祭りのシンボルである鬼が登場します。
メーンの「役鬼」のうち、最初に登場するのは「山見鬼(やまみおに)」(写真3枚とも)。
山を割って、生命の再生を図り、「生まれ清まり」の役割を担っているとされる鬼です。

山見鬼は他の役鬼と同様に、子分に当たる「伴鬼(ともおに)」を従え、威厳あふれる所作を繰り返しますが、舞庭に立って、ほろ酔い気分で舞い手を、はやしたてる「セイト衆」は、この鬼の正面に立ちはだかりもして、ちょっかいを出していました(左)。
でも、これもまた花祭りならではの、舞い手と観客らが一緒になって盛り上がる演出のようなものです。

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そして、山見鬼に続いて名古屋市の中学生が舞う「三つ舞」が披露されたのは、日付が変わった真夜中。
中学のクラブ「太鼓・踊り部」の一行は10数人に上り、中には笛などを担当する生徒もいて、舞い手を務めるのは2年生の女子生徒6人。そのうち3人ずつが組んで、2組がそれぞれ30分以上にわたって舞いました。

舞庭に現れた生徒たちは他の舞い手と同じような衣装を身に着けて、地元の人たちのようですが、さすがに初めは緊張した様子(左)。

周りを囲むセイト衆や観客らとぶつかりそうになり、酒を飲む人たちと向かい合う場面もあります(右)。
花祭りの本番は、普通の舞台に立つのとは違って、観客らとの距離が近いため、緊張はひとしおだそうです。

それでも、生徒たちが名古屋から来た「助っ人」であることを紹介されている観客らからは、暖かく励ます声も掛けられて、舞いの動きは次第に滑らかに、表情もやわらいでいきました(中央)。

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2組目の生徒たち3人もまた、初めは緊張して、動きもぎこちない感じ(左)。
それもそのはず、周りの観客らが、ご覧の通り、かまどの上に置かれたお酒のコップに手を伸ばすなどして、舞い手とは対照的にリラックスしすぎてもいますので。

それでもやはり、舞っているうちに表情はやわらいで笑みもこぼれ、楽しそうな様子に(中央)。

エネルギッシュな舞いを長い時間をかけて終えた生徒たちは肩で息をするほどで、その姿に観客らからは、暖かい拍手が浴びせられていました(右)。
太鼓を担当していた保存会長の尾林さんは、名古屋に何度も足を運び「出張指導」をしてきたこともあって、舞いの間から生徒たちを、いとおしそうに見守り、舞い終えた際には、声をかけてられました。

名古屋にあるこの中学の太鼓・踊り部の生徒たちが布川の花祭りで舞い、その存続に協力するという試みは今年が5年目。
クラブにとって、花祭りの舞いは、幾つか練習をする踊りや舞いの中で唯一、地元・愛知の芸能で、看板ともいえるものです。

長い間、練習を重ねた末の本番は、長時間の舞いだとはいえ、生徒たちにとっては、あっという間に終わってしまいますが、それでも本物の国指定の無形文化財の舞台に立ち、地元の人たちと触れ合って舞う経験は、普通のクラブ活動ではできないような貴重な人生の糧になるはずです。

また地元にとっては、こうした山間地と都会との交流によって、伝統の形を変える部分はあるとしても、自分たちの祭りを存続させていけることは、ありがたいことです。
ただ、花祭りを催している集落のすべてが、深刻な過疎・高齢化に悩まされていることは厳然とした事実で、支援を受ける側の本体である集落が、いかに存続していくかが、大きなカギとなっているようです。

中学生たちも、クラブ活動で舞っていることから、2年生のときに1度、本番を経験するきりで、せっかく猛練習して覚えた舞いを、再び披露する機会はないのが実情です。

それでも、生徒たちは「機会があれば、また舞いたい」と口をそろえていて、今の交流がさらに柔軟で幅広いものになっていければ、山間地と都会が互いに支え合いながら、この貴重な文化遺産を存続させていく術を見いだしていけるような気がします。
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