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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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布川の花祭り3

本日は先週土曜の代休として、もう1日の休日をいただきました。
地震・津波で被災した方々のいつまで続くのか分からないような困難な日々は始まったばかりですし、極めて深刻な原発のトラブルも解決の見通しが全くたたないままですが、私はカレンダーとは1日ずれて、しっかりと3連休をいただいたというわけです。

3日間の休みのうち2日目までは、天候が不安定だったこともあって、ほぼ自宅で「自粛」していたのですが、さすがに本日は、じっとしておられず、「養老の滝」で知られる岐阜の養老山にトレランをしに出かけました。
でも、その写真は明日以降に紹介することにして、本日は引き続き奥三河・布川地区の花祭りの報告です。
3回目で最終回となる本日分の写真は、祭り2日目の明け方以降に登場した鬼たちや、祭りのクライマックスである「湯ばやし」などを撮った9枚を掲載します。

2回目の写真説明なども、まだ加えていませんが、今回もとりあえず写真のみを掲載します。

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ずいぶん間があきましたが、ここからが追加分です。
夜明けごろになって登場したのは、メーンの鬼である「役鬼」の2番手となる「榊鬼」(左、中央)。
大地に新しい生命力を吹き込む最も重要な鬼とされていて、大きな面も舞い手の所作も威厳たっぷり。

とはいえ、この鬼は人間との歳比べや榊の枝の引き合いで、いずれも人間に負かされてしまいます。
その相手となる「改め役」の宮人を演じたのは、地元保存会町で「花太夫」も務めた尾林さん(左)。
鬼に負けず劣らず威厳あふれる演技を披露されていました。

榊鬼が退いた後も舞いは続き、狂言に似た滑稽な所作が特徴の「翁(おきな)」も登場します(右)。
後方で笛を担当している4人のうち、左端の男性は、舞い手となった生徒らが所属する名古屋市の中学校の「太鼓・踊り部」で以前に顧問を務め、現在も外部協力の形で指導を続けられている先生。
右端の美女は、名古屋の大学で篠笛を学んでいる学生さん。
中学校以外にも、名古屋の人たちによる、花祭り存続に向けた協力の輪が広がっています。

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翁に続いて披露されたのが、花祭りのクライマックスである「湯ばやし」(写真3枚とも)。
舞いの舞台である土間の「舞庭(まいど)」の中央に設置された「かま(ど)」で湯を沸かし、その間中、4人の若者がワラを束ねたタワシを手にアップテンポの舞を舞った後、出し抜けにタワシを湯につけて観客らに振りかけて回るというものです。
この湯は生まれ清まった人の産湯とも考えられて、これを浴びれば無病息災で、健康に過ごすことができるとされています。

私は1月に、この布川(ふかわ)よりも奥にある下粟代(しもあわしろ)の花祭りを見て、観客らに容赦なく湯が浴びせられる場面を経験していましたので、今回は少しばかり余裕をもって構えることができました。
直前には、高感度撮影の機能に優れて「防じん防滴」で濡れにも強い一眼レフのカメラを、やはり濡れに強い高倍率ズームレンズとセットで購入して準備も万端。
タワシを振り回す舞い手に果敢に向かっていったところ、激しく湯が飛び散る瞬間も撮影できました(中央)。

15カ所の集落で存続している花祭りは、それぞれの集落で舞などの所作が微妙に異なって、舞い手たちが互いに応援し合うのは難しいとされています。
しかし、布川の湯ばやしでは、下粟代の保存会長・金田新也さんの息子さんで高校2年生の新(しん)さん(左の写真の奥)ら2人が下粟代から舞い手として加勢。
2人は数年前に応援を頼まれて、そのときに練習を積んだおかげで、両方の舞を舞えるということです。

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下粟代の花祭りを見た際はバスの時刻などの関係で、湯ばやしに続いて登場する最後の役鬼「茂吉鬼」や、その後に披露される獅子舞を見ることができませんでしたが、独りでやって来た今回は、それらを含め祭りを最後まで見届けることができました(中央、左)。
(下粟代の茂吉鬼は、新さんが初めて演じたということを後から知り、後悔しました。)

とはいうものの茂吉鬼は、山見鬼の胸に「山」の字が書かれ、榊鬼には「榊」の字が書かれていたように一見したところでは、それと分からなかったうえ、湯ばやしまでで気力を使い果たして観客の前列に陣取ることができなかったことから、あまり良い写真が撮れませんでした。

獅子舞までで舞が一通り終了した後、余興として披露されたのは、地元の小さな子どもが扮した鬼(右)。
その所作は、少しぎこちなかったものの、愛嬌たっぷりで、観客側の子どもも、びっくりした表情。
観客たちからは、大きな拍手と歓声が上がっていました。

「スペシャルイベントは、将来を担う舞い手の登場です」というふうに紹介された通り、少しでも、こうして次の世代が育っているのを見ると、心強く感じます。
山間地と都会との交流、地域の中での集落同士の交流、そして世代を越えて受け継いでいく努力といった、人のつながりによる力が一つになって、この貴重な無形文化遺産である花祭りが、今後も力強く存続していくことを願いたいものだと思っています。
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