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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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山に散った花

一昨日の午前中、私の携帯が鳴り、電話の向こうにいたのは明走会の駆けっこ仲間の1人でした。
いつもは夜中に楽しい電話をくれる彼から聞かされたのは、耳を疑うような悲しい知らせでした。
「Mさんが亡くなったんですよ。トレランに行った山で事故に遭って」

Mさんは、同じ明走会の仲間で、私と同じ年代の美しい女性ウルトラランナーであり、最近はトレランにも力を入れられるなど、いつまでも挑戦を続ける身も心も若々しいランナーでした。
バリバリのキャリアウーマンでありながら、数々の大会に出場するとともに、東京夢舞いマラソンのスタッフとしても活躍する、誰から見ても、ほれぼれするほどエネルギッシュに輝く女性でした。

最近では、私の写真展「走った!撮った!わが町マラソン」にも後輩を連れて来場してくれて、今年10月の夢舞いマラソンで、昨年の大会で私が撮影した写真の展示を会場などでするよう勧めてくれていました。
そして、私が言い出しっぺになって計画が動き出した、韓国・済州島での「漢拏山(ハルラサン)登山競走」の下見にも一緒に来てくれると約束してくれていました。

そんなMさんが突然、亡くなったと聞かされても、どうしても信じることができません。
仲間たちから送られてくるメールや、ネットで見ることのできる新聞記事を見ても、仲間と電話で話をしても、どうしても実感がわいてきません。
文字を見て言葉を聞き、冷酷な現実の証拠が積み重なってきて、その現実が夢であってほしいと願っても、その願いは空しいばかりです。

Mさんが亡くなったのは一昨日の夜。私がジダンさんと一緒に御嶽山に登り終えて乾杯をしているそのとき、信じることができないほどの悲劇が起こっていたのです。
2日前に富士登山競走の「5合目コース」に出場したばかりのMさんでしたが、その日は男性2人、女性1人とともに奥多摩にある東京の最高峰・雲取山に登り、丸1日のハードな行程を経て、ゴールの国道に出る少し手前で道に迷った末、谷底までの急斜面を50メートル以上も滑落して、その場で亡くなったということです。

あんなに輝いていたMさんの人生が、こんなにも突然、残酷な終わり方をするだなんて、どんなに無念だったことか、想像するだけでもつらくなります。

楽しく読んでもらうためのブログに悲しい話を載せるべきかどうか悩みましたが、駆けっこ仲間のことですし、この話題を飛び越えて、何食わぬ顔で、さらに御嶽山のレポートを続けることは不可能でした。
大震災当日のように、写真なしで記事を書こうとも思いましたが、Mさんに贈る気持ちを込めて、1、2年前に雲取山で撮影した花や木の写真を掲載します。

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掲載した写真は、Mさんが亡くなった現場に近い谷沿いで、5月に咲き誇っていたフジの花(左)。
6月に雲取山の尾根近くで根を張っていたブナの巨木と、雲取山の西方にありMさんが越えてきた飛龍山のシャクナゲです(中央、右)。
少女のように清楚で、はつらつとしていながら、しんはしっかりとしていて、あでやかでもあったMさんを思い起こさせるような花や木です。

Mさんと私とは、これまでは、特別に親しい間柄というわけではありませんでしたが、漢拏山行きなどを機に、ようやく、いろんなことを一緒にやっていけそうに思っていたところでした。
でも多くの駆けっこ仲間は、特に親しいわけではなくても、同じ趣味を持って、同じイベントに取り組むことで、ベタベタしなくても、適度な距離感を保ちながら、信頼し合えるものです。

そんな中にあってMさんは、どんな場もパッと華やがせてくれ、誰にとっても「一緒にいると楽しい」と思わせてくれる素敵な女性でした。

数年前、山口と防府、萩を往復して山越えの旧道「萩往還」を走る大会で140キロを走ったときのことです。
夜を徹して走った2日目の朝、萩の海岸沿いにあるレストハウスで、Mさんと一緒になりました。
カレーの朝食と一緒にビールの大ジョッキを注文してグビグビやっている私を見て、Mさんは言われました。
「そんなもの飲んでいちゃ、後が走れないわよ」

2回目の挑戦だったMさんは、後半のしんどさを良く知っていたからでしょうか、ビールなど一滴も飲まずに、根が生えたように大休止を決め込んでいた私を置いて先に出発されました。
足を痛めていて、ちょっとやけくそ気味になっていた私ですが、その後しばらくは元気を取り戻し、とうとう最後の山越えの途中でMさんをかわしてしまいました。
(さらにその後、鎮痛剤とビールの相乗効果で胃を痛めた私は、ゴールと同時に七転八倒したのですが。)

「なんで大ジョッキなんか飲んで追い着くのよ!」と、そのときのMさんは本気で怒り出しそうでした。
大会後も、私に会うたび大ジョッキの悔しさを口にするMさんは、まるで子どものようでしたが、その半面、ランニングに対して本当に真面目に取り組まれているのだということを感じました。
そんな風に考えたくはありませんが、その真面目さや負けん気の強さが今回の悲劇の要因の1つになったのかもしれないという思いを、ぬぐうことができません。

大人同士で一緒に行動した結果の事故ですから、一般的には、ご本人が「自己責任」を負うべきであって、「不運な出来事だった」とされるのでしょうが、この2日間、私の胸では「割り切れない思い」が大きくなって、濃縮されて重たくなるばかりです。

かといって、ご本人の話を聞くことはもちろん、同行していた人たちから、すぐに話を聞くことも不可能です。
それでも、Mさんの死を、そんなにはあっさりと受け入れることができない私としては、今の時点で、少しでも、この事故が語る教訓を引き出したいと焦る気持ちが小さくありません。
ということで、私が知り得た限りの情報を基に、思うことを、もう少しばかり書き連ねることにします。

※※※

Mさんたちは午前8時40分ごろ、雲取山の主要な登山口の1つである鴨沢を出発して標高2017メートルの山頂まで標高差1500メートル近くを一気に登りました。
山頂に着いたのは「昼ごろ」で、ここまでは5時間余りのコースタイムの7割程度の所要時間でクリア。

通常なら、山頂を往復するだけでも「健脚」でなければできないところを、一行はさらに奥秩父に連なる稜線を縦走して、雲取山よりもさらに高い飛龍山にも登り、鴨沢の少し上流まで延びる長大な尾根をたどり、ちょうど馬蹄形を描くようにして戻って来たところで道を見失いました。
鴨沢からのコースタイムは13時間余り。普通なら1泊2日でもきつい行程で、「快速登山」が楽しめるトレランでも、中級者以下のランナーは体力を使い切るほどの長丁場といえます。

一行はコースタイムの7割程度というペースを崩さずに進みましたが、それでも当然のことながら、事故現場に着いたのは6時半ごろ。夏とはいえ、谷間に下りていく樹林帯では薄暗くなるころでした。
しかも、この尾根は雲取山の周辺でも、さほど歩かれているルートではなく、主要な登山道に比べると、道は明瞭でなく走りにくいうえに、登山地図には現場の手前に黄色い丸に「迷」の印があり、「迷いやすい」とされている部分です。

こうした場所では縮尺の粗い登山地図は役に立たないことが多く、2万5000分の1の地形図とコンパスを持って、細心の注意を払いながら「読図」をする能力が要求されますが、それも地形が分かりやすく、視界が利く場合でなければ苦戦することもあるものです。
また迷いやすいとされる山道には、木に赤いテープが巻かれ、道標代わりになっていることが多いのですが、これとて、明るくて周囲が良く見えなければ頼りにはなりません。

すべては「結果論」なのですが、こうしたことを考えると、一行は、この行程の最後のところで、かなりリスクの大きい領域に足を踏み入れてしまったと言わざるを得ません。
わき上がる感情を抑え客観的に考えても、私なら尾根の途中で横断する峠道を右に折れて、より明瞭で早く国道に出られる下山路を選んだのではないかと思います。
この峠道を過ぎると、後は「エスケープルート」がなくなるからです。

ただ、この峠の先には「丹波天平(たばでんでいろ)」と呼ばれる広い山頂を持つ名前も地形も魅力的な山があり、以前に峠道を歩いたことのある私も、時間が許せば、そちらに行きたいと思って迷ったことがあります。
しかし、広い山頂を持つ尾根ということは、その先には谷に向かって急斜面が待っているということです。
登山地図では分かりませんが、地形図を見ると、尾根の先で一歩道を間違えれば、谷沿いや国道沿いには急坂や崖があるのが分かり、道を見失えば命取りになる可能性も予想できたように思います。

さらに言えば、下山中に道に迷ったとき、そのまま下って行くのは、普通の山では「御法度」です。
下れば下るほど元の道から離れてしまううえ、下れば危険な谷に向かうのが必至だからです。

こうしたことは山慣れた人には分かるはずなのですが、長丁場を経てきた一行には冷静に考えてみる余裕も勇気を持って引き返してみる余力も、あまり残っていなかったということなのでしょうか。
そして2日前に富士登山競走に出場しているMさんは、おそらく一行の中で最も体力を消耗していたはずで、滑落した際、踏ん張る力が残っていなかったのではないかと想像すると、胸が痛みます。

※※※

私は40年近くもの間、数え切れないほど山に入って、テントを担いで道のない所を地図を頼りに歩いたこともありますが、山行のほとんどは単独で行動しています。
いざというときに危険なことは承知していますが、そもそも山に行くのは、人から離れて自然の中に身を置きたいからであるうえ、独りの方が緊張して行動することができると確信しているからでもあります。

ほかの人と一緒だと、ついついお互いに頼り合って緊張が緩み、地図をきちんと見られなくなったり、時間の計算ができなくなったりするものです。
また、複数の人が一緒に行動する際、体力が劣る人は必ず無理をすることになります。
登山のパーティーを組むとき、体力が弱い人に先頭を歩かせるのはそのためですが、それでも後ろの人たちからプレッシャーを受けると完全にマイペースでは歩けないものです。

先日、ジダンさんと一緒に御嶽山に行った際にも、練習不足で体調も思わしくなかった私は、彼に着いていくのが精一杯で、写真を落ち着いて撮ることも、ままなりませんでした。そればかりか、ほんの少しのオーバーペースがどんどんボディーブローのように利いてきて、思いのほか体力を消耗したものです。

とはいっても女性の場合、むやみに単独行動するのは、はばかられます。
ですからグループ行動するときには、一番弱い人を思いやることが極めて重要なことですし、それがうまくいくには相当に良好なチームワークが要求されるものだと言えます。
今回のことは、すべて結果論ですから、こんな考察はインチキくさいと思われるでしょうが、それでも言わずにおれません。やはり尊い命を失ったという重大な結果には、反省すべき原因があるはずだからです。

※※※

また元々が「山ヤ」で、今はトレイルランナーでもある私が言うのは何ですが、それなりに深い山を、あまりに軽装で走っている人など、危なっかしいランナーを最近は良く見かけるのも確かです。
体力があって荷物が少ないことで、トレイルランナーの方が同じ時間内に長い距離を踏めるのも確かですし、「逃げ足が速い」という意味で、いざというときに危険を回避しやすい場合もあります。

ただ、いざというときの防寒具や非常用の食料が貧弱なことも少なくないうえに、やはり一番大きな問題は、自分の体力に対する過信や慢心だと思います。
さらに、「せっかくの山だから頑張って鍛えよう」として、歯を食いしばって、過重な負荷を身体にかけてしまうことも危険に直結するのだと思います。
やはり山に行くときには十二分な余裕を保って行動しなければ、自然はいとも簡単に「牙をむく」からです。

きつい練習をするなら、高尾山だの富士山だの、もっと危険の少ないところですべきなのでしょう。
それに、歯を食いしばって走っていると、花も木も見えたものじゃありません。
ランニングが、自分の身体という「自然」との「対話」を楽しむスポーツであるのと同じように、山に入るという行為もまた、本当の自然との対話こそが楽しいものだと思うのです。

それにそもそも、ランニングも山行きも、エリート選手以外にとっては、たんなる遊びに過ぎません。
確かに世の中には命をかけるような遊びも存在しますが、ランニングや山は基本的にはそんなものじゃなく、人生を豊かにするための遊びの中の遊びのはずで、こんなもののために大事な友人に命を落とされては、はっきり言って泣くに泣けないわけです。

「山は独りで行くものだ」「富士登山競走以外は一所懸命に走り過ぎない」と決め込んでいる私は、明走会のトレラン仲間と一緒に練習することも、これまでは極力避けてきました。
ただ今回の悲劇が起きる前に、山の経験が豊富なわけではなかったはずのMさんと、一度でものんびりと、本当に自然と対話して、自然を愛でるような山行きを一緒に経験できなかったことが、私が後悔しても後悔しきれない心残りです。

こんなに書いても、まだMさんに対して「めい福を祈ります」とは素直に言えません。
本当に何が起こったのか。ときがくれば、それをもっと知りたいものだと思っていますし、それを知って伝えることぐらいしか、Mさんの無念を和らげる手立てはないように思っています。
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コメント


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素晴らしきエネルギー溢れる魂の方
その事故の瞬間を思うと哀しいばかりです
回りに明るさを与えつづけた彼女
真剣で気遣いがありました
知人の長患いを気遣っていました
その彼女の死
今日は彼女を知る幾人かと会う予定です
みな、
別れも弔いも思えるような状態ではありません
明るさと情熱に溢れた彼女の話に花が咲くと思います
花の写真
きれいですね

らいだぁ | URL | 2011-07-27(Wed)13:06 [編集]


みんなのおもい

ありがとうございます。

辰巳さんが書いてくださった文章が常識、事実、疑問、そし
てみんなの思いを表してくださったと思います。

Mさんが居ないこの世界を現実と受け止められない私なのですが、辰巳さんの文章を読んで、悲しさが急に形を取り始めてきちゃた感じです。

お書きになっている

>人生を豊かにするための遊びの中の遊びのはずで、こんなもののために大事な友人に命を落とされては、はっ>きり言って泣くに泣けないわけです。

ここに尽きます。
誰も悪くなく、大自然相手の事故なのですが・・・・そうそう割り切れません。特にご本人、ご遺族の無念を思うと、言葉もありません。

そして、今回はランニングクラブの分化会からみでの事故です。本体の幹事として、”知らなかった”では済まされない責任を非常に感じています。コミュニケーションがきちんと取れていたなら、忠告やブレーキをかける事ができたかも・・・の悔しい思いで一杯です。 

辰巳さんのご意見が届いていれば・・・と思わずにいられません。

よねやなおみ | URL | 2011-07-27(Wed)13:20 [編集]


失わずに済んだ?尊い命

Mさんはとても趣味幅広く、わたくしはトレランやマラソンは彼女にすすめられながらもジョギングにつき合う程度でした。
彼女の死が受け入れられず悲しみに暮れるのは皆様と同じですが、
山に対しての知識が乏しくても辰巳さんおっしゃるように行程的な無理があったのでは?ということと18時すぎまでのスケジュールから本人達の過信が感じられてなりません!

辰巳さんは「写真」というものから感じられていたことと思いますがMさんは多方面に才能を発揮され、わたくしのような友人知人もそれぞれ多くいらっしゃいました。

残念です...本当に残念です。

明走会というものがあったにも関わらず危機管理的なものが機能せず、ただの同好会の域を脱し得ず尊い命の灯火が「花」を散らせるように消えてしまったことをひどく悲しみ続けています。

| URL | 2011-07-31(Sun)02:37 [編集]