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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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それでも花は

奥多摩の奥座敷にそびえる東京都の最高峰・雲取山の麓近くで起きた駆けっこ仲間・Mさんのトレラン中の遭難事故から4日経った本日、私は現場のある山梨県丹波山(たばやま)村を訪れ、現場付近を見るとともに救助活動に携わってくれた地元の関係者らの話を聞きました。

昨日は東京夢舞いマラソンの実行委員会があって退社後に名古屋から上京。
休みをいただいた本日は当初、10月に大阪で開く写真展の準備などを行う予定でしたが、それを変更して、JR中央本線の大月駅前でレンタカーを借り、山越えをして丹波山に向かいました。

夢舞いの会議は、元気印のMさんがいなくなったことで、まさにポッカリと穴が空いたように沈んだ雰囲気。
しかしMさんが残した楽しいアイデア満載の企画書に目を通していると、Mさんが「遅くなったわねえ」などと言いながら今にもドアから入ってくるような気がします。
夢舞いのメンバー誰もが、いなくなってしまうなどとは最も思えないMさんの「永遠の不在」に対して現実感を持つことができず、会議後の打ち上げでもMさんの話題ばかりを繰り返しながらも、悲しみというよりも呆気にとられたような感覚を共有していました。

そんな現実感のない事故だけに、忘れようとすれば、いとも簡単に忘れておくことができそうにも思えます。
しかし、それではMさんの最後の瞬間に抱いたはずの無念さは、救われないように思います。
その日に何が起きたかを知って、そこから自分や多くの人にとっての何らかの糧を得ようとしなければ鬱々とした胸の重さも、いつまでも軽くなってくれないように思います。

そう。結局のところは、何をしたところで今回起きてしまった悲劇を、なかったことにはできませんが、自分が少しでも楽になりたいと願って、しなくても良いことをして、もがいているのだと思います。
とはいえ、最も大きな重荷を背負うことになったトレランの同行メンバーから話を聞くことはまだ困難です。
そこで、とりあえずは少しでも現実感を持つために現場に触れて、救助に当たってくれた方々にお礼を言うとともに、客観的な目で見ていただいた事実や思いを聞かせてもらおうとしました。

うかがった話の中には、そのままここで書けないことも少なくありませんが、教訓になるような要素の幾つかを書いてみようと思います。

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丹波山は、山あいの谷と道路沿いに昔ながらの家屋が建ち並ぶ、のどかなたたずまいの山村です。
都会の喧噪や殺伐とした事件・事故とは最も縁遠く見える平穏な雰囲気の村では、流れる時間さえゆっくりとしているように思えるほどで、今回のような悲しい事故が起きたことも、村の景色を見ていると、余計に信じられないように感じます。
街道沿いの住宅の庭先には、ノウセンカズラの鮮やかなオレンジの花が咲き誇っていました(左)。

事故現場は、村外れにある川の合流地点近くから雲取山のふところ深くにある鉱泉の山小屋「三条の湯」に向かう林道を少し入ったところの谷底。
Mさんら4人の一行は、林道からは深い谷を隔てて反対側のガケといってもいいほどの急峻な斜面を下りてきて、Mさんはその途中で滑落してしまいました。

林道側から現場近くまで行くと、ちょうど三条の湯から下山してきたパーティーが通りがかりました(中央)。
谷の林道側は、高度差こそ反対側より小さいものの、斜面は同じように転げ落ちそうな傾斜です。
付近で1カ所だけ、やや斜面が緩く、辛うじて谷底まで行ける場所を聞いていた私は当初、現場まで下って、持ってきた花を捧げてこようと思いましたが、下り始めた途端、滑落の危険を感じて、あきらめました。

無理をすれば行けることは分かっていましたが、ここで無理をすることの意味は何もありません。
谷底に下りて、Mさんが亡くなった場所に立ってみたからといって彼女に会えるわけでもなく、万が一、自分がけがでもすれば、まさに元も子もありません。
私が偉そうに説いてみる「引き返す勇気」というほどのものではありませんが、すっぱりと「敵前逃亡」を決め込むことにしました。

持ってきた白い百合の花を路肩に置いて車に戻る途中、道路わきを見ると、一輪のホタルブクロがこうべを垂れていました(右)。
こんなに悲しい出来事が起き、その厳しさを見せつけてくれた山の自然ですが、それでもこうして美しい花は次から次へと咲き続けていくようです。

※※※

さて、ここからが救助に向かってくれた地元の関係者から聞いた話です。
どの方も、せっかく救助に向かっていただいたのに、なす術がなかったことを残念に思ってくれていましたが、それでも、今後こうした悲劇が繰り返されないようにと願う気持ちも込め、私の質問に対し、ていねいに応じてくださいました。

基本的には、前の記事で私が書いた内容を補強してくれるような内容が多いのですが、現場にも立ち会ってくれた地元の方々とあって、説得力がありました。

その中の1人で、自らシカの猟もして付近の山に精通している方は、①山をグループで走るのならば、1回は「登山的な感じで」、徒歩で状況を把握したうえで走った方が良い②迷ったときは戻るべきで、そのためには時間に余裕をもって行動を-という2点を強調されました。

そのうち、1点目について。
彼によりますと、Mさんの一行が下ってきた飛龍山から丹波山の親川バス停に続く尾根道は整備をされた「登山道」ではなく、東京都水道局の「管理道」であって、木の葉に覆われて不明瞭なルート。
「木の根が多いところや滑りやすいところもあって、走るということは、やめた方が良い」と言えるほどで、特に登りではなく下りで通る場合は、一歩間違えば元の道からどんどん外れていくため、要注意だということです。

中でも、「エスケープルート」としてとることもできた峠道が横切る「サオラ峠」から先の広い尾根は、通る人が少ない半面、シカが多く、「獣道が、人の通る道よりも整備されたように見えることすらある」というほど。
そんな獣道に入り込むなどして道に迷った人から電話が入り、誘導するなどして助けることが、1年間に3回ぐらいはあるそうです。
とはいえ、彼は「普通に歩けば、迷うような道ではない」とも言われます。

私は、少なくとも一行が、ゆっくり走って道標の代わりに木に付けられた赤いテープなどを注意深く見てくれていれば、と思っています。迷いやすいルートでテープが付けられている場合、たいてい1つのテープまでたどりつけば視野のどこかに次のテープが見つかるなど、ある程度は等間隔に付けられています。
ですから、それが見つからない場合、誤った所に足を踏み入れているのではないかと心配すべきなのです。

また、いくら一見、獣道の方が整備されているように見えても、「踏まれ方」を良く見れば、人が行き来している道かどうかは、たいてい分かるものです。
道というものは、起点から終点あるいは分岐点までは、踏まれ方が一定しているものですから、それが急に薄くなることはまずなく、そうなっているとすれば、やはり間違った所にいる可能性が高いのです。

つまり視野を広く保って、赤いテープや踏まれ方に注意することが重要なのですが、確かにそれは走ることに頑張り過ぎている場合には、疎かになってしまいがちです。

次に2点目です。
話を聞いた方々は私と同じく、一行が迷った後に元に戻ろうとせず、谷に下りていったことに驚いています。
「普通は下りるところではない」「普通では理解ができない」「下りるという判断は、猟師以外はしない」と。
山がさほど深くなく、昔から谷という谷に人が入っていた京都の北山では、極めて例外的に谷に下りるという選択肢はあり得ますが、「山ヤ」の間で「北山なら」と言われるということは、裏返せば北山以外の山では谷に向かって下りることは危険だということが常識なのです。

私はかつて渓谷づたいに沢を歩いていく「沢登り」を何度となく楽しんできましたが、沢登りでは山に向かって上っていく一方通行が普通で、その逆は普通は試みられることはありません。
沢でも道のない山の斜面でも、下る方が圧倒的に危険で難しいものだからです。
そのうえ、沢登りで滝や両岸の岸壁などに阻まれて進むことができなくなった場合には戻ることはできても、下って行って行き止まりになると、戻るには多くの時間や体力が要求されることになるからでもあります。

今回は断崖に近い急斜面を果敢に下っていった4人のうちMさんが滑落して亡くなりましたが、実は事故の後、救助を求めに行こうとした一行のメンバーは、林道が通る向こう岸に渡る場所を探し、対岸の斜面を再びはい上がって、ほんの数100メートル先にある民家に駆け込むまで1時間近くを費やしています。

なだらかな尾根とは対照的に、V字型にえぐれた深い渓谷は両岸がガケのように切り立っているだけでなく、川も水路のように深い急流になっているなどして、対岸に渡ることすら容易ではないのです。
さらに、谷の底は当然のことながら携帯電話の電波が届かない「不感地帯」で、電話で通報することも不可能です。ヘリコプターによる救助が可能なケースでも、深い谷底は近付けない場合が多いようです。

一行は迷った挙げ句、地図を見て、川や国道までの距離がほんのわずかであることを知り、「沢に下りれば国道に出られると考えたらしい」ということです。

しかし、地形図や登山地図に描いてあるのは水平方向の位置関係だけではありません。
同時に描かれているのは垂直方向の起伏であり、実はそれこそが大事で、だからこそ「地形図」と呼ばれているわけです。
1センチが250メートルを表す2万5000分の1の地形図を眺めると、現場付近では標高10メートルにつき1本の等高線がびっしりと並んでいて、冷静に考えるとやはり、そこに突っ込んでいくのは無謀以外の何ものでもありません。

前の記事でも書いたのですが、丸1日のハードな行程を経たことによる疲労、迷ったことによる動揺や焦りが冷静な判断を鈍らせたとしか思えません。
一行が道に迷った末に事故が起きたのは午後6時半ごろですが、「3時、4時なら(迷っても)余裕があって、戻るという考えも起きたかもしれない」と関係者が指摘する通り、時間的な余裕のなさが、「普通」の域をはみ出した無茶な判断の後押しをした背景にあることも間違いないと思います。

※※※

Mさんの一行は、トレランのレースで入賞するランナーなど健脚ぞろいで、山での練習も何度となく、こなしていて、ハイキング・トレラン歴も数年から10年近くに達しているということです。
しかし、地元の関係者の1人が「危険に遭わなければ、経験があるということにはならない」と指摘する通り、結果的には体力と山の経験・知識・判断力のバランスを欠いていたと言わざるを得ません。

「4人全員が落ちていても不思議はない」と言われるほどの場所に踏み込んだ一行ですが、もし全員が無事帰還できていれば、今回の遭難は本当の意味で「いい勉強」になったのかもしれません。

偉そうなことを話している私も、主に単独行で40年近くにわたる山の経験の中で、大けがに至ることはないまでも幾度となく小さな危険に遭遇してきて、自分が語る言葉の多くは、そんな幾多の場面を思い出しながら口にしていることが分かります。

かといって、小さな危険をすすんで呼び込む必要などありません。
周到な勉強と準備、無理や無茶をせず、危険が大きくなる前に引き返す勇気、そして人に頼ることなく冷静に判断する余裕を失わないようにすれば、山はいつも微笑んでくれるはずです。

私は山は決して裏切られることなく、行けば必ず楽しいところだと信じていて、行くたびにその思いが確かめられるがために、今も繰り返し山に入っています。

そんな私が今回の悲しい事故について、ある程度知ることができたうえでトレイルランナーの仲間らに言えることは、やはり山で楽しむことを第一にしてほしいということです。
トコトコとのんびり走れば、草木も花も良く見えますし、道も良く見えて迷うことも少なくなります。
それでも、山をゆっくりと走ったり歩いたりするだけで、下界でのジョギングなどとは比べようもないほど大きなトレーニング効果を期待することができるものです。

「トレイルランナーは山を知らずに、危険だ」という批判を最近よく聞きますし、今回の事故が、そんな批判を助長するおそれもあると思います。
しかし私は「トレイルランナーは」「登山者は」と短絡的に分けることはナンセンスだと思っています。
トレイルランナーから見れば、日ごろトレーニングを積まずに山に入ったため遭難する登山者が「軽はずみで危険」に見えることだって、あるでしょうし、私のように登山者でありトレイルランナーだと思っている者だって少なくないはずですから。

ですからMさんが2度と帰ってこない以上、彼女の無念をやわらげてあげることができるとすれば、残された仲間たちも、トレイルランナーも登山者も、できるだけ多くの人にこの事故のことを知ってもらい、その中からほんのわずかでも、こんな悲劇を繰り返さないための教訓のようなものを得てもらうことしかないと思います。
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コメント


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現場にお花を添えてくださって、ありがとうございます。

Mさんの悲劇を忘れる事はできませんが、事実から学んだ教訓を生かすことはみんなで出来るはずですし、それをMさんも望んだだろうと思います。

辰巳さん、いつか雲取山、連れていってください。

| URL | 2011-07-29(Fri)23:11 [編集]