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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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走った!撮った!京都3

「走った!撮った!京都マラソン」の3回目は、前回紹介した広沢池(ひろさわのいけ)の先の約9キロから、約11キロの仁和寺(にんなじ)前までに撮影した12枚を掲載します。

今回も、たった2キロほどしか進まないわけですが、その理由の1つは先にお話した通り、緊急用車両が通行するために10分近い足止めをくらったからです。もちろん、その様子も紹介します。
写真を撮りながらのファンランをしていた私にとっては、足止めは痛くもかゆくもなく、その「証拠写真」を撮影するなどして、ハプニングを受け入れることができたのですが、タイムを狙っていたランナーにとっては痛恨のトラブルとなったかも知れません。

どちらにせよ、この足止め騒ぎは第1回の京都マラソンにとって、最大のマイナス点だったと言えます。
そして、最高に感動的だった場面の1つが、仁和寺の正面にある「二王門」の前で繰り広げられていた僧侶らによる盛大な応援の風景です。
ともあれ、京都マラソンの報告は、ようやく約4分の1まで来たところ。
まずは写真をお楽しみいただいたうえ、次回以降も、ご期待いただければと思っています。

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緊急用車両の通行を理由に突然の足止めをくらったのは、広沢池を過ぎて間もなくのところ(左)。
ボランティアのスタッフらが立ちはだかってランナーが進むのをさえぎった場所を起点に、みるみる数十人が路上で立ち往生して、たまっていきました。
何人かはボランティアをかわして飛び出して行きましたが、少し前方でも同様の「規制線」が張られていましたので、1秒を争う努力は報いられなかったようです。

後方を見ると、人だかりはどんどん増えていって、さらにその後ろにも規制線がある様子でした(中央)。
少し手前で私よりもさらに20センチほども背が高く見えるジャンボな欧米人風の外人ランナーを見かけて、「すごく背が高いですね」と、つい間抜けな言葉をかけてしまいましたが、そのストライドがやたら長いランナーも周囲から頭2つは抜けだしたまま立ち往生して、やるせない表情を見せてられました。

ボランティアに近づいて説明を求めると、緊急用の車両が通過するためだという答えでしたが、車両がどこをどう通るのかは分からずじまいで、前にも後ろにもサイレンの音もしなければ、それらしい車のかげも見えませんでした。

何が起きたか詳しいことは、まだ主催者に聞いていませんので不確かですが、救急車などの緊急用車両は、マラソンコースを通ったのではなく、コースを横切ったのではないかと思われます。
コースが京都市街地の北西部にある山に近い地域を包み込むようにして描かれたことから、そうした地域では市街地への出口をふさがれた格好になって、緊急の場合にはランナーの流れを止める必要があったもようなのです。

実際に、このあたりでは地元の人たちが、ランナーの合間を縫ってコースを横切るための場所が何カ所も設けられていましたが、車両を通すには、いったん全員をストップさせなければならなかったようです。
そうはいっても私で7、8分以上は立ち往生をしていて、その待ち時間は一応タイムを計測しているマラソン大会としては限度を超してしまったようで、スタッフ間の連絡がスムーズでなかったことも、うかがわせます。
次の大会までには、コースの再検討も含めて、こうした事態への対応を練り直していただければと願います。

こんなアクシデントがあったのですが、立ち往生したランナーらは、騒ぎ立てることもなく、比較的静かに規制が解除されるのを待っていました。
アップダウンの多い京都マラソンのコースでは、そもそもタイムを狙うのは難しかったため「仕方ない」と納得しやすかったのかもしれませんが、地元の人たちの協力によって街を走らせてもらっているのだということに対する理解が行き届いていたとも言えそうです。

私はといえば、何でも記録して伝えなければという性分を抑えることができず、非常線の前に出て、ランナーらと、それを制するボランティアの様子を撮影しました(右)。
「すみませんが、証拠写真を撮らせていただきます」と言うと、苦笑いしながらVサインで応えてくれるランナーもいました。

私はまた、時間を有効に使おうと、ちょうどそばにあった仮設トイレで用を足すこともできました。
というわけで、思わぬ立ち往生と同様に、この記事も立ち往生しましたが、次に進むことにします。

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先に進む前に、もう1枚、仮設トイレから出てきたところ、トイレが設置されていた駐車場に止めてあったバスの添乗員とみられる制服美女たちの写真も撮らせていただきました。
場所を考えると、このバスは応援ツアーの人たちを運んできていたのかも知れません。

間もなく沿道で応援してくれていたのは年配の方も交じる「花園 道心太鼓」のグループ(右)。
カメラを向けると、手前の男性は、ちょっと緊張したような表情になられてしまいました。
このグループの名前は、パンフレットにある「沿道盛り上げ隊」のなかに見当たりませんので、予定されていたよりも多くの応援グループが沿道に繰り出していたように思われます。

小さな公園の前で応援してくれていた家族は、お母さんとお姉さんが、それぞれ息子さんと妹さんをおぶっているような様子。
こうして住民の人たちが家族連れで応援してくれている風景はコースのどこでも多く見られました。
京都マラソンのコースについて、街のど真ん中を通らなかったことに対する不満の声もあるようです。

しかし私は、商業・ビジネス街とは違って、こうした住宅街をメーンに通ることによって、沿道の人たちが生活をしている場所で応援してくれる姿に触れることができるのは貴重なことだと思います。
その街の人々の暮らしているままの表情に直に接することができるといいますか、「街を近くに感じる」ことができたのは、京都マラソンがすばらしい大会だと感じた大きな理由の1つです。

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10.8キロにある3カ所目の給水所では、美女だけでなくイケメンのボランティアも笑顔でランナーを励ましてくれていました(左)。
その少し手前では「体育振興会」のステッカーを胸に付けたスタッフも、声援を送ってくれていました(右)。

京都マラソンのボランティアは、水を渡すなどの「仕事」だけではなく、同時にランナーを応援することも、また楽しめて、喜ばれるということを心得ているスタッフが多かったようで、これもまた気持ち良く走り続けられた大きな要因となりました。

その少し後に追い抜かれた次なる明走会の駆けっこ仲間は、ウルトラマラソンやトレイルランも数多くこなされているベテランランナーの康彦さん(中央)。
ご本人は今回、黄色い明走会Tシャツ姿ではありませんでしたが、Tシャツも帽子も、それにふくらはぎを覆うゲーター(脚絆)も黄色づくしで長身で、しかもしょっちゅう立ち止まって写真を撮っている私は、さすがに良く目立つようで、仲間たちはみな、私を追い越しざまに気づいて声をかけてくれました。

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コース前半のハイライトとなったのは、仁和寺の二王門での僧侶らによる盛大な応援でした(写真)。
「京都三大門」の1つに数えられるという二王門はマラソンコースの道路に面しています。
仁和寺が近づき、その巨大な門が視界に入っているに従って、「ワー」とわき上がるような声援もボリュームを増していきました。

そして目に入ったのは、門の下に並んだツルツル頭で僧衣に身を包んだ僧侶たちが応援する姿でした。
しかも、両手を挙げて振りながら声援を送ってくれる僧侶たちは、門の前の階段を埋めた一般の人たちよりもずっとテンションが高く、まるでみなを率いる応援団のような様子です。
そして彼らが手に持って見せていた横断幕には「東北共に在り」と、震災の被災地を思いやるメッセージ。

私は、このあまりにも意外で感動的な場面に打たれて、すぐに先を急ぐことができず、道路わきに寄って何枚かの写真を撮ることにしました。
とはいっても、サイズに迷った挙げ句に撮ったのは、ご覧の通りミドル、アップ、ロング-という映像を撮るときのような芸のないショットばかりなのですが。

京都マラソンでは、世界遺産に登録された寺院や神社の幾つもの近くを通りますが、僧侶らが応援してくれたのは仁和寺だけでした。
ただ世界各地のマラソンを思い出しても、こんな例はニューヨークの教会の前で修道女たちが応援してくれていた風景ぐらいです。この点をとっても、京都マラソンが世界に胸を張れるようなレベルの大会だと言えます。

思えば京都は観光客と学生を受け入れることで成り立っている街ですが、その観光を担っているのは仁和寺をはじめとする寺院などの歴史的な文化遺産の数々です。
ただ残念なことながら、それらの文化遺産は古ぼけた建築物や仏像などを観光客らに見せるものの、そこで修行などをしている僧侶らの姿に一般の人が触れる機会など、ほとんどありません。

そんな僧侶たちの姿を、こうして直に見ることができて、しかも彼らがマラソンランナー以上に「弾けて」いて、さらに一般の人たちと同じように、大震災の被災地・被災者に対して、心だけでも寄り添おうとしているということを知ることができるというのは、まさに、さまざまな垣根を取り払う神通力を持ったマラソンというスポーツの醍醐味だと思うわけです。
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