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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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富士登山競争のお伴は?

ありがたいことに本日もカレンダー通りに休みをいただき、ちょっとした放心状態が続きました。
私のように曲がりなりにも普段から走っている者は、レース直後に筋肉痛に悩まされることはありません。
とはいえ全身を包む心地よい疲労感があることは否めず、日中に2度も3度も昼寝をするというざまです。

当然のことながら走ることはおろか、ネタになる写真を撮りに外出する元気すらありません。
一方、私が富士登山競走をようやく完走したことや、2日続けて書いた完走の報告の反響はけっこうあって、皆さまから祝福の電話やメール、ブログへの拍手、コメントをたくさんいただきました。
ほんとうに感謝感激で、しあわせな気分に浸っています。
かくなるうえは、もう1度「悪ノリ」して富士登山競走をネタにするしかないじゃないですか。

というわけで、今回は完走記に増してマニアックな「ウエア&グッズ紹介」。
23日の富士登山競走で私とともに約21キロ、標高差3000メートルを旅したモノたちに登場願います。
ほぼ自己満足の内容ですし、モノの好みは人それぞれですので、これらを「強くお勧めする」というわけではありませんが、富士登山競走に挑戦中の方、これから挑戦しようという方にはご参考になるかもしれません。

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【富士登山競走のウエア&グッズ紹介】
▼ランシャツ・ランパン
ウエアは既に報告させていただいた通り普通のマラソンレース仕様のランシャツ・ランパンです(中央)。
毎年7月の第4金曜日に開催される富士登山競走は、梅雨明け後とあって早朝から暑さに悩まされます。
ふもとと山頂との気温差は約20度もあるため「寒さ対策も」と心配して、私も以前はTシャツやハーフタイツ、そしてハイソックスなどを身に着けましたが、やっと涼しくなる5合目に着くころにはウエアが汗でびしょ濡れ。
さらに重たくなるばかりか、汗が冷えて余計に寒くなります。

それに考えてみれば山頂の気温が下がっても5度ぐらいで、冬のマラソンと同じ程度。
しっかり体を動かしていれば寒くて困ることなどないはずですし、寒くなるような脚の運び方では完走などはできないとも言えます。
さらに肌の露出が多いレース用のウエアの方が身軽で動きやすいうえ「走るぞ!」という気合いも入ります。
5合目以降では青天時に直射日光を受けることを考えるとランシャツよりも袖なしの方が好都合でしょうが、私の所属する「明走会」のユニフォームはTシャツかランシャツだけで選択の余地はありませんでした。
実際には、当日の山頂は10度以上と暖かく、今回のウエアの選択は厚着の皆さんに「圧勝」でした。

▼シューズ・ソックス
シューズは富士登山競走のためにデザインされたアシックスの、その名も「ゲルフジ」(左)。
かかとのところに富士山のイラストが付いているのがトレードマークです。
このシューズは、ひとことで言えばマラソン用のシューズの補強材を少し丈夫にしたうえ、ソールの凹凸を深くして山道でのフリクション(摩擦)を大きくしたものです。
一般のトレイルランニング(トレラン)用シューズより安定性は劣りますが、何と言っても軽量で、前半のロード部分でもマラソン用シューズとほぼ同じ感覚で走ることができます。

実はソールのフリクションが山で要求されるのは断然下りのときですので、富士登山競走を何度も完走している人の中には普通のマラソン用シューズで走る人も少なくありません。
しかも「最も履き古してボロくなったシューズ」を選ぶ人も、けっこういらっしゃるようです。
そのわけは、ガラガラの火山灰の砂利道や岩場を上り下りするだけでシューズが激しく傷むから。
「上りでも、できるだけ滑らない方がありがたい」と選んだ私のゲルフジも、昨年に買ったばかりで、練習で使うことを、できるだけ控えていたにもかかわらずソールがめくれて使いものにならなくなりました。

ソックスはマラソン専用の高価なものに見間違える5本指ですが、実はスーパーで4足1000円のもの。
最近は足首や土踏まずの部分に弾力を持たせて「テーピング効果」を持たせたトレラン専用のソックスもありますが、それらは2000円前後もして、やはり傷みやすい富士登山競走で使うのは、もったいない。
私が故障しやすい足首周りのテーピングは、伸縮性の高い「キネシオテックス」のテープで別途しています。

▼帽子・手袋
帽子は通気性の良いキャップに、首筋を覆う日よけ用の布がついたもの(右)。
首筋が熱くなると暑さのダメージが格段に大きくなると言われますので、晴天時に直射日光を受ける時間が長い富士登山競走では、やはり木陰が少ない「サロマ湖100kmウルトラマラソン」同様に、このての帽子が必需品だと思います。

そして5合目以降に防寒と手の保護のため登場する手袋はバイク(自転車)用の「指なし」仕様のもの。
7合目から8合目にかけての岩場で、鎖や岩をつかんで「四つ足」で進むには、これが一番です。
指が隠れていると暑くなったり、感覚がにぶったりするからで、掌の部分も滑り止め付きの軍手などに比べて滑りにくく、鎖にもピタっと吸いつく感じです。

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さて気温や天候の急変もあり得るうえ、登頂しても自力で下山する必要がある富士登山競走では、防寒具や雨具など最低限の「装備」を持って走る必要が基本的にあります。
かといって、私のように制限時間ギリギリの完走を目指す者にとっては荷物は1グラムでも軽くしたいもの。
ただ走るだけでなく重力に逆らい3000メートルを登るには、わずかの負荷でも「命取り」になるからです。

一般の登山でも、気を緩めて「一応これも持っていこう」と物を増やすと「重荷」をしょい込む結果になります。
そこで荷物を最小限にするため私が心がけているのは、ウエストバッグ一つに入るだけしか持たないこと。
普段のトレランや富士山登山競争の練習では水や食料も担ぐためバックパックを使いますし、登山競争でも最初はバックパックを使いましたが、やはり身軽さや物の出し入れの便を考えるとウエストバッグです。

▼ウエストバッグ・「防寒具」
私が愛用しているのは大阪のアウトドア用品メーカー、モンベルのランニング専用のウエストバッグ(中央)。
生地が伸縮性の高いメッシュであるため、見た目より多少は多く物が入るうえ、物を取り出しても残った物が中で踊ったりバッグが揺れたりすることがないという「優れモノ」です。

これに詰め込む超軽量・薄手ぞろいの「防寒具」は、写真の後方左側からモンベル製のウインドブレーカーの上下(白・黒)、Tシャツ(フランク・ショーター製)、アームウオーマー(モンベル)、それから写真の手前にある「アンダー手袋」(ファイントラック製)。

このうちウインドブレーカーの上下は、それぞれ掌に収まるほどですが撥水性もあって小雨も防げます。
富士山では強い風によって体感気温が下がるケースが多いため、風を遮るだけで格段に暖かくなるウインドブレーカーは重宝します。しかも薄手の生地はソフトでもあり、いざというときは着用したままで走っても動きがさまたげられることもないのです。

Tシャツは汗や雨でランシャツが濡れて寒くなったときの着替え。レース中に寒くなっても、ランシャツの下に着れば乾いた生地が肌に当たることになりますし、ナンバーカードを付け替える必要もありません。

アームウオーマーは少し肌寒いとき、すぐに装着できて、長さによって暖かさを調節することも簡単です。

そしてアンダー手袋は、指先が冷たいときに指なし手袋の下に「重ね着」するものです。
超薄手なので、かさばらず、手先が「不器用」になることもありません。
そのわりに、これがあるとないとでは暖かさは全く違います。
またファイントラックの生地は、雨に濡れても冷たくならないのが特徴で、寒い時期に雨が予想される練習やレースではシャツやパンツもお勧めです。

これらのウエア類は今回、おだやかな陽気になったことから、下りでTシャツを着た以外は出番がありませんでしたが、レースであっても「登山は自己責任で」と考える私にとってはミニマムながら必要な装備です。

▼カメラ・マグネフォース・補給食
次に左の写真の手前にあるカメラは先の記事でも紹介したペンタックスの「Optio S4」。
7、8年前の400万画素の旧型機ですが、小型で100グラムを切る軽さであることから選びました。
完走できるかどうかすら不確かなのに「約100グラムもの」負荷を抱えるかどうか、かなり悩みました。
しかし今回「5年目の正直」として完走をはたすことで、私が初めて手にしたこのデジカメに「晴れの舞台」をつきあってもらおうと思い、ウエストバッグに押し込みました。

後方は左から、やはり先に紹介した「脚つり」の「特効薬」であるマグネシウムのサプリメント「マグネフォース」の試供品とミニ水筒、ティッシュペーパー、ジェル状のエネルギー補給食品です。

富士登山競走でも給水所は要所ごとに設置されていますので、水筒はなくてもほぼ大丈夫ですが「一口だけでも飲みたい」というときのためミニ水筒があると心強いです。今回はマグネフォースを流し込むときにも使えました。

一刻を争う富士登山競走でトイレ休憩は勇気がいりますし、私も5年前には途中のトイレで大幅に遅れをとりましたが、山小屋のトイレにペーパーが完備されている保証はなく、ティッシュも持っていた方が安心です。

給水所が十分にあるといっても食べ物は氷砂糖や梅干しがあるぐらいで、エネルギー補給食品も必要です。
固形物の方が軽いとは分かっていますが、体をぎりぎりまで追い込んで走っている際は「口を動かす余裕」がないもの。ノリ状のジェルは、はっきり言って食感を含めて「まずい」のですが、背に腹は代えられません。
(今回は写真と同じものを1つ持っていましたが、終盤にお腹が減りましたので、2つの方が良かったです。)

▼ポンチョ・ゲーター・マスク・スパッツ
そして右の写真は軽量コンパクトなレインポンチョ(左奥)と下山の際に活躍したモノたち。
「風の強い富士山の雨具はポンチョではなく(上下の)セパレートが良い」と登山ガイドでは書いていますが、富士登山競争では、分厚すぎる登山用の雨具は暑すぎるうえ汗で濡れますのでNG。
トレランのときと同様に超軽量・薄手のウインドブレーカーを基本に、雨が強いときはポンチョをかぶる方法が私のお勧めです。これならブカブカで風通しも良いですし、ポンチョが使えないような暴風雨が予想されれば初めからレースは中止になるものです。

左手前にあるのは「C3fit」というブランドの「パフォーマンスゲーター」。
要するに薄手の「ふくらはぎカバー」で「血行促進効果」があるとされ、レース中に使うランナーも少なくないのですが、今回は軽量な防寒具として携帯し、ゴール後に着けて下山しました。
最初から着けっぱなしだと暑いように思ったからですが、下山時に調子が良くなってスピードを出せたのは、実はこれのおかげだったかもしれません。

ようやく最後になりますが、右の手前と奥はマスクと、足首をカバーするコンパクトな「スパッツ」。
下山する際は、砂利道で1歩ずつシューズを埋めるようにして下るところが多く、特に専用の「下山道」では、ほぼすべてが砂利道ですので、無防備なままだと靴の中は砂利だらけ、砂ぼこりで呼吸も困難になります。
そのため、靴に砂利が入るのを防ぐスパッツとマスクは、一般の登山者にとっても必携の装備といえます。

(レース後には安全への配慮もあって下山道を下ることが勧められているようですが、私は多少危なくても、あまり砂利まみれにならず、岩場が多くても距離は短い登山道の方が好きで、今回も来た道を戻りました。)

うーん、何年も山を走り続け、富士登山競走だけでもゴールに5年もかかったとあって、私のグッズに対する「こだわり」も、ただごとじゃないと我ながら驚くばかりです。
とんだ「悪ノリ」で、またまた長ーくなってしまいました。おつきあいくださって、ありがとうございます。

そうそう、書きそびれましたが、お金も忘れてはなりません。
険しい山の中が舞台とあって、富士登山競走では給水・給食が十分とはいえませんし、持って走れるものは限られています。
そこで一般のランニング大会とは違って、7合目から8合目を中心に数多く通過する山小屋で飲料や食料を購入することは黙認され、お書きした通り私も終盤のエネルギー切れを小屋で買ったジュースで補いました。
ゴール後に山頂の小屋で祝杯用のビールや暖かい飲食物を買うのにも、当たり前ですがお金は必要です。

富士登山競走「完走記」

私の駆けっこ人生で久々の快挙となった富士登山競争の完走から一夜明けた本日。
予想された通り、私はボンヤリとして、腑抜け状態になっています。
完走したという実感も希薄で、なんだか夢の出来事のようにも感じられますが、昨夜はほとんど書かなかったレース中の様子や「勝因」の分析などを、忘れないうちに書いておこうと思います。

そうしたことを書くのは、書いてモノを伝えるシゴトに携わる私の使命のようなものでもあります。
それに何より初挑戦から5年目にして、ようやく胸を張って富士登山競走を語る資格も得たわけですから。

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ペンタックスの「Optio S4」という、約90グラムで今でも最軽量級の古いデジカメをウエストバッグに入れて走りましたが、レース中は走りに集中・専念していましたので、途中の写真は1枚もありません。
そこで、本日の記事の併用写真はその前後に撮影し、昨日の記事に掲載していない残りモノ3枚のみです。

まずは富士吉田市役所わきのスタートライン前に並んだときの2枚。
スタートライン前にクレーンでせり出した台の上には市長や、自らも完走した経験のある司会の消防団員らが乗って、あいさつや注意事項の説明などをするほか、気勢を上げる音頭をとってくれます(中央)。

「エイエイオー!」と3回叫んで、皆が拳を突き上げたところで、振り返って撮ったのが左の写真。
ご覧の通り、道路を埋め尽くす「山頂コース」の参加者はほとんどが男性。きれいなコスチュームに身を包む女性ランナーが目立つ昨今のマラソン大会とは対照的に、質実剛健な男臭さが漂います。

そして制限時間のわずか50秒前にゴールに滑り込み、フィニッシュラインをいったん過ぎたあとに戻って来て撮ったのが右の写真。
ゴールした多くのランナーが、山頂に飛び出る手前の鳥居をくぐって登ってくるランナーを見守っていて、私がゴールして間もなく、「10!9!8!…」とカウントダウンが始まりました。
つりそうな足を引きずって戻って行くと、係の人が走路を遮断しようとするところで、ぎりぎりに男性ランナーが飛び込んできました。
この方が最終ランナーかと思いきや、記録を調べたところ、どうやらタッチの差で間に合わなかったようです。
わずか11秒及ばなかった3年前の自分の姿が思い起こされる一瞬でした。

(このあとは、いよいよマニアックな内容で、長ーくなると思います。ご注意を。)

【富士登山競争「5度目の正直」完走記】

富士登山競走のスタートは午前7時。
制限時間4時間半で山頂に登った後、1時間半ほど以上かけて自力で5合目まで下りて来る必要があるため山の天気が安定する2時ごろまでに下山を終えるには、逆算すると早朝のスタートが必至なのです。

スタート順は前年の記録などに応じて3つのブロックに分けられ、私は辛うじて2番目の「Bブロック」。
制限時間ギリギリの完走を目指す者にとって、スタートダッシュはかなり重要ですので、約30分前に会場に着くと、すぐにブロックの前の方に陣取って好位置を確保しました。
「もう1度手洗いに行きたい」という気持ちは待機中にも走り始めてからもありましたが、緊急を要するまでは忘れることにしました。結局のところ問題はなく、緊張のためにそう感じただけだと分かりました。

▼「もの足りない」と感じる上り坂
号砲が鳴ってからスタートラインを越えるまでは1分余り。
タイムロスはさほど多くありませんが、スタート後しばらくは大混雑で、思うようにスピードに乗れません。
スタート後、数百メートルで左に折れると、目抜き通りの坂を上り始め、その後ほぼずっと上りが続きます。
上り始めた途端、脚が重く感じ「嫌だな」と思うこともありますが、今回は意外とスムーズに脚を運べます。
10キロや20キロは「無感覚」のまま過ぎる、調子の良いときのマラソンのような感じです。

ただ単に調子が良かっただけかもしれませんが、やはり登りに重点を置いた現地での練習や、それに先だち繰り返した山を走る練習、そして5月以来、14階の職場まで毎日走って登った成果が現れたようです。
平地ばかりを走っていては、上り坂がつらく感じるのは当たり前。逆に上り坂に慣れてしまうと、それが普通になってきて、むしろ前半の緩やかな上りは「もの足りない」と感じられるようです。

▼ランシャツ・ランパンが正解
前半に調子よく感じた理由の一つは、昨日も書きましたが、ランシャツ・ランパンというウエアの選択です。
これまでは後半の寒さに備えてTシャツにハーフタイツ、ハイソックスを着けて走りましたが、それでは暑くて汗だくになる前半が不利になり、後半のダメージも大きくなるのは当然のこと。
1秒でも速く進みたいのに、後のことを考えて付加を抱え込むなんて考えてみればバカげています。
「後のことは後で考えれば良い」と割り切ったのは、まさに正解でした。
「山頂の気温は11度」とスタート前にアナウンスされ、山中も寒くはないと知って、それを確信しました。

もちろんレースとはいえ自己責任の登山ですから、超薄手のウインドブレーカーの上下や超軽量のTシャツ、レインポンチョ、手袋やアームウオーマーなどはウエストバッグに入れてありました。
しかし、そうした最低限の荷物はあっても、今回の身軽さ、涼しさは段違いでした。

▼目標より2分早く5合目通過
ぎりぎりの完走を目指して設定していた中盤までのタイムは、車道の終点である「馬返し」が1時間7分。
タイム的にほぼ中間点に当たる5合目が2時間10分。ぎりぎりアウトだった3年前とほぼ同じ数字です。
そして実際には、馬返しが1時間7分30秒、5合目が2時間7分58秒で通過しました。

馬返しの手前の急坂は、いつも歩き出したくなるほどつらいのですが、今回は余裕で通過できました。
その割にはタイムは縮まっていないのですが、同じタイムでも余裕があるかないかでは意味が全く違います。
余裕を維持できた結果、山道に入り歩きが主体となる馬返しからは多くのランナーを抜いて進めました。
馬返しからしばらくは、山道の中央部に深さ30~40センチもの風呂桶のような「土砂だめ」が幾つも掘られ、ほとんどのランナーは脚への負担を避けて両脇を通りますが、私はほぼ中央を突破して、その度に何人もを抜くことができました。

5合目の手前の細い道で渋滞になりましたが、それでも目標タイムを2分も上回ることができました。
「なんとか完走できるかもしれない」
そんな思いがようやく浮かび、自分のゴールシーンもイメージできました。
しかし、現実は、そう簡単に運ぶわけではありませんでした。

▼脚がつり「特効薬」で神頼み
5合目を過ぎると再び渋滞になり、大幅にタイムロス。
それを取り戻そうとするのですが、なかなか思うように歩きのスピードを上げることができません。
7合目から8合目の間に続く岩場で挽回を図ろうと、練習で試みたように鎖や岩を手でつかんで腕力も使い、少しでも無理をして「直登」に近いコースどりを心がけ、ようやく次々に前のランナーを抜きました。
しかし、馬返し以降のそうした積極策がついに裏目に出て、脚にダメージがきてしまったのです。

岩場の途中で突然、両方の太ももが「つり」始め、スピードは大幅にダウン。
しゃがみ込んで何度もストレッチするうち、さらにどんどん時間が過ぎます。それにストレッチをしてもほとんど効果がありません。とにかく、つったままでも進める限り進むことにしました。

そこで思い出したのが、明走会の知人からいただいていた「特効薬」。脚がつったときに即効性があるというマグネシウムのサプリメント「マグネフォース」の、目薬のような容器に入った試供品です。
私はサプリの類は使うことがなく、自然に反するような気がして抵抗感もあるのですが、「わらをもすがる」このシチュエーションでは、神頼みでも何でも試さざるを得ません。
マグネフォースを数滴、ミニ水筒のお茶にたらして飲んだところ一瞬、筋肉が弛緩したような感じがしました。
実は直後に再び脚はつり始めたのですが、そんな状態でも進めたのは、やはり特効薬の効果でしょうか。

▼8合目で「8割方いける」
岩場を通過して脚がつることもほとんどなくなったものの、スピードはもはや思うように上がりません。
脚をいたわりつつ、歩きのピッチだけは保つようにして、少しずつ、黙々と進む以外にはなくなりました。
「まともに進んでいるはずはないよなあ」と思いながらも、8合目の関門は順調に近づいてきます。
そして4時間制限の関門通過は、3年前より3分ほど早い3時間53分21秒。
実のところ、関門を通過した記憶がなく、前のランナーに「通過しましたっけ」と聞いたのが3時間54分ごろのことでした。

8合目通過の目標タイムは3時間52、53分でしたので、「これで8割方行ける」と思うことができました。
とはいっても、もう1度脚がつれば即刻アウトですので、飛ばして余裕を広げることもできません。
急にお腹がすいてきたため、最後の山小屋でオレンジジュースを買って、飲みながら歩き続けました。
あと数百メートルまで来ると、ほぼ完走を確信できましたが、ゴールタイムは予想以上にギリギリでした。
ただギリギリでもゴールできるようにと、頭と体を使って計算しながら進むことができたのは、これまで何度も挑戦と練習を重ねた「経験」のたまものだったと思えます。

▼まぶしく感じる陽光
山頂直前に立つ最後の白い鳥居をくぐると、ゴールラインとタイム表示の電光板が見えました。
オレンジジュースのペットボトルを持ったまま、両手を上げてフィニッシュしました。
お腹の底から熱いものがこみ上げてきて、体が震え、泣き出したいような気持ちです。

3年前、制限時間に11秒足らなかったときは、ゴール直前で突っ伏して、しばらく動けませんでした。
日本で一番太陽に近い所にいるのに、目の前は真っ暗闇に感じました。
ところが今回は、まぶしい陽光が、いっそうまぶしく感じられます。
その差は、わずか1分1秒。21キロ、3000メートルを駆け上がった挙げ句の1分余りです。
こんな小さな差で一喜一憂できるバカバカしさは、なんだか人生に似ているようにも思えます。
たかが「遊び」なのですが、この日本一過酷な駆けっこ大会である富士登山競走。実にぜいたくな遊びです。

▼捨てたものじゃない底力
ゴール後はベンチに座って、靴ひもを調整しようとするだけでも脚がつりまくります。
ゴール後に脚がつることはフルマラソンなどでは時々ありますが、今回は特にひどい状態。
これで、よく歩き続けられたものだと自分で驚いてしまいます。
精神の糸が切れなかったから脚が動き続けたのか、脚を動かし続けることで血流を滞らせなかったから歩き続けられたのか。実際に何が起こったかは分かりませんが、人間の底力は捨てたものじゃないと思えます。

さらに驚いたのは、缶ビールで祝杯をあげ、大休止をしてから下山したとき。
脚は完全に元通りになっていて、かなりの猛スピードで走って下ることができたのです。
本当はレース中にも、もっと飛ばせる余裕があったのか、完走がうれしくて元気がみなぎったのか。
これまた実際にどうだったのか、何が起こったのか、今でもよく分かりません。

▼応援・激励がパワーに
そして今回の快挙の大きな原動力となったのは、多くの友人・知人が応援してくれたことです。
完走後には多くの方々から、お祝いの電話やメールをいただきましたが、前日にもまた「完走祈願」や激励のメールが何通も届けられ、それが快いプレッシャーになりました。

その多くは駆けっこ仲間からのものですが、富士山で試走した帰りに知り合った大学生の豊彦さんもメールをしてくれました。彼は下山中の馬返し直前で走って追い抜いたあと、真っ暗な車道を歩いているところを車でピックアップしてあげて、一緒に銭湯に行くことになった仲です。

「富士山と辰巳さんからパワーを頂いたので、これからしばらくエネルギッシュに生きられます。
富士登山競走で走る辰巳さんのことをイメージしたら、僕のたいていの問題は乗り越えられそうです」
銭湯に行った翌日、こんなメールをくれた豊彦さんは、前日にも励ましの言葉を贈ってくれました。
「富士山と風が、辰巳さんと一体になって応援してくれると想像いたします。
素敵な一日になるよう応援しております。がんばってください」(勝手に転載して、ごめんなさいね。)
うーん、最初に私のことを「おじさん」と呼んだだけあって、若者らしく詩的な言葉です。

「自分が勝手にやっている遊びに応援も激励もあったものじゃない」という思いもありますが、そうした言葉はやはりうれしいものです。
そして、それは間違いなく自分のパワーになってくれました。

人生のすべてのエネルギーは、つまるところ人とのつながりから得られるものじゃないだろうか。
いつも抱いている、そんな思いを、富士登山競走を通じて再びかみしめることになったというわけです。

富士登山競走を完走!!!!!

5回目の挑戦となった富士登山競走で、初めて制限時間内の完走を果たしました!!!!!
制限時間が4時間半のところ、フィニッシュ・タイムは4時間29分10秒。まさに滑り込みです。
これまでの最高タイムは3年前の4時間30分11秒で、その記録を1分1秒上回りました。

63回目を迎えた富士登山競走は、ふもとの富士吉田市役所から富士山の山頂を目指し距離で約21キロ、標高差は約3000メートルを駆け上がるレース。
制限時間の4時間半は極めて厳しく、全国から「足に覚えがある」猛者が集まりながらも、完走率は毎年4割余りで、「日本一過酷なレース」とされています。

このレースに出ること自体クレイジーなのですが、制限時間内の完走を果たすことは、市民ランナーにとって大きな「勲章」とされています。
市民ランナーの勲章といえば、富士登山競走の完走のほかフルマラソンを3時間未満で走る「サブスリー」、100キロを10時間未満で走る「サブテン」があり、この3つを達成することは「グランドスラム」と言われます。
これまでにサブスリー、サブテンを1度ずつ達成した私にとって、富士登山競走の完走は最後の「ミッシング・ピース」だったわけで、自分にとっては50歳を目前にしての快挙でした。

しょせん「遊び」ではあるのですが、5年がかりで、それなりに真剣に取り組んだ遊びで念願をかなえることができとことは、このうえなく幸せなことでした。

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猛暑に見舞われた各地と同じく、富士吉田市内も朝から晴天で、朝から日差しが強く、走るには厳しい陽気。
ふもとと山頂の気温差が約20度もあることを考慮して、これまではシャツを2枚重ねしたり、ハーフタイツやハイソックスをはいたりしましたが、今回は「暑さ対策」を最優先して初めてランパン・ランシャツで出走。
これがまず、功を奏しました。ふもとでは比較的涼しく軽やかに走ることができたうえに、山頂付近でも気温が10度以上もあったため、寒さに悩まされずに済んだからです。

軽さ優先で5年以上前のデジカメをウエストバッグにしのばせて走り、頂上では、それで記念撮影しました。
まずは「冨士士山頂上浅間大社奥宮」の石碑前で、別のランナーに撮ってもらいました(中央)。

頂上で休んでいると、私が所属する「明走会」の関西支部である「関西明走会」の俊彰さんに話しかけられ、初挑戦で見事に完走をはたした彼と一緒に、もう1枚、記念撮影(左)。

頂上でも暖かいほどの晴天とあって、頂上の山小屋の裏手では、何枚もの布団が広げて干されていました(右)。

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頂上でゴールしても、まだ楽はできません。市役所行きのシャトルバスが出る5合目までは自力で戻ります。
持参した薄手のTシャツを着込んで5合目に来ると、おにぎりの「給食」が配布されます。
ここのボランティアが、なんと美女ぞろいで、お願いして一緒に記念写真を撮ってもらいました(左)。

バスで市役所に下りてくると、さらに富士吉田名物の「吉田うどん」が振る舞われています。
5合目とは年齢層が異なるものの、うどんカウンターのボランティアもまた美女ぞろいでした(中央)。

富士山の湧水を使った吉田うどんは、強いコシと歯ごたえが特徴。少し濃いめの味付けが塩分を失った体に優しく感じ、格別のおいしさでした(右)。

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市役所の裏庭に掲示された速報の記録によると、私は1170位(左)。
そのあと数10人が制限時間内にゴールをしましたが、「山頂コース」(そのほか「5合目コース」があります)のエントリー数は約2700人ですので、今年もまた完走率は40%台だったようです。
(実際の出走者は約2340人。完走率は50%超。前年の記録などで参加資格が厳しくなったため完走率が上がったもようです。)

市役所に戻って来て会ったのは、明走会のメンバーで、やはり山頂コースに出た森口さつきさん(中央)。
森口さんは、フルマラソンで3時間15分を切る「国際級」の俊足ランナーですが、今回は5合目の関門を通過できなかったとのこと。
私は今フルマラソンを走っても3時間半を切れないでしょう。その私が森口さんに先んじて完走したわけですから、富士登山競走が平地のマラソンとは別モノであることが分かります。

私がギリギリで完走したことを伝えると、森口さんは涙を流し、声をつまらせて喜んでくれました。
これまで私がコケ続けてきたことをご存じだからなのですが、ご自身が不本意な結果に終わったというのに、私の完走を自分のことのように喜んでくれる仲間がいることが、胸が痛くなるほどうれしく思えました。

「完走証」は後日、郵送していただけるとのことですが、会場では「完走Tシャツ」をいただきました(右)。
「私は、お山を征服した!」と書いた言葉は、なんだか時代がかっていますが、この際は何でもありがたい。
久々に大事にしたいTシャツとなりました。

走られる皆さまにとっては、今回の富士登山競走を「どんなふうに走ったのか」にも興味を持っていただけるでしょうが、それは明日にでも、お書きしたいと思います。
何しろ、独りであげている祝杯が回を重ね、ほとんどできあがっておりますので、ご勘弁を。